第20話 熱

「小鞠さん」

改札口の向こうで手を振る和泉さんを発見。

浮かべるその笑顔にほっとする。

この2日間緊張し通しで安らげる瞬間がほとんどなく、過去の傷が刺激されてばかりで肩の力が入っていたみたいだ。

一週間ぶりなのはいつものことなのに、会えて泣きそうに嬉しかった。

和泉さんの今日のコーデは無地のTシャツに黒のテーパードパンツ、羽織りにサックス色の半袖カラーシャツ。


「涼しげですね」

「梅雨も明けて夏の暑さも本番になってくるからね。今日昼間は30度近くいくらしいよ。君は暑くない?」


和泉さんは私の格好に目を向ける。

紺の半袖Vネックの綺麗めなワンピースに、UVカットの白の長袖カーディガンを羽織っている。そしてマスク。

一見すると確かに暑そう?


「この服意外と通気性いいんです」 

「そう?」

「はい」


とりとめもないことを話しながら、ゆったりと歩いて目的地へと向かう。今日行くのは、企画展示“サンサシオン”。フランス語で“感覚”を意味する言葉だという。


「こないだ行ってみたら楽しかったから小鞠さんもどうかと思って」

「絵画の展示なんですか?」

「少し違うかな。体全体で楽しむアートってイメージ。言葉で説明するよりも、実際に体感してみるといい」

「和泉さんほんと色んな美術館知ってますね!」

「美術館探しはもう日常の一部だからね。最近は特に楽しいよ。一緒に見てくれる人がいるから」


ピタリと足がとまる。

何でもないように放たれた一言が心を震わせ、顔が火照る。視界が覚束なくぽやぽやしてしまう。

マスク、してて良かった。こんなみっともない表情、いつも以上に見せられない。


「……大丈夫?」


少し先を歩いていた和泉さんが振り返り私の顔を覗き込んでいた。私は曖昧に笑い返し歩き出す。具合が悪いなら…と続けた和泉さんに問題ないと首を振った。

横から心配するような目線が向けられている。

……大丈夫。これは別の、そう別の何かだから!




着いたビルのエレベーターに乗って3階へ、受付で電子チケットを提示して展示会場に入る。


入って早々“サンサシオン”の意味を把握した。


「け、傾斜っ……!!」


八畳ほどの部屋の中にカフェのカウンターや丸椅子、テーブルなどが乱雑に配置されている。どこにでもあるようなカフェの家具の一部を抜き出してそのままぽんと置いたみたいな。

目で見ると真っ直ぐな床なのに、実際の傾斜はかなりのもの。

普通に歩くことは不可能。手を置きつつ歩くのも困難でバランスが上手くとれずにふらついてしまう。


い、和泉さんは……涼しい顔してる!


足をぷるぷるさせていると和泉さんが楽しげに滑らかに笑いながら手を伸ばしてきた。

少しどきどきしながら私も手を伸ばす。指先が触れた瞬間。

ぐらり。


「わ!?」


足元がもたついて胸の内に飛び込むような形になってしまう。慌てて離れようとするも傾斜で上手く踏ん張れずさらに和泉さんに倒れこんだ。


ゼロ距離。

触れている部分から直接感じる和泉さんの熱。


「あ、えっ…あっ」

「大丈夫だよ。そのまま掴まってて」


耳元で話され私は、はいと蚊のなくような返事をして大人しく和泉さんにくっつくように進んでいった。やっとのことでその空間を脱して体が離れる。



なんだか触れていた部分だけじゃなく、


……体全体が溶けてしまいそうなほど、熱い。

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横顔に花まる 七月夕日 @sunset7

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