第19話 トラウマ②
二日目の行程も滞りなく終わり、お
私はてっきり自分の家族の側に席があると思っていたのだが、何故か私の席は暁人さんの隣にあった。
しかも目の前は伯父夫妻とほぼ交流のない従姉妹。
……だ、誰がこの配置にしたの?
少しうらめしく思いながら席に着く。
開始の音頭が取られ、私はマスクを躊躇いつつも外し下を向いてもそもそと前菜を食べ始めた。美味しいはず、美味しいはずだ。けれど、緊張からか全く味がしない。
「小鞠ちゃん」
「は、はいっ」
横から声がかかり、びくりと肩を揺らした。
「あんまり食事進んでないけど調子悪い?」
暁人さんが心配そうな顔をして小声で聞いてくる。
それは、あの頃見せていた優しさと同じもの。
「だ、大丈夫」
何か喉の奥にひっかかっているようで息苦しい。
何度も話しかけてくるのに頷いたり、返したり。そうこうしていると、真向かいの席から無遠慮な声がした。
「暁人ぉ、お前結婚はしないのか?」
伯父はどっかりと椅子に腰を下ろし、酒を煽っている。空いたビールの瓶がテーブルの上に二本並び、顔は茹でダコのように真っ赤である。
「いい人がいればね」
暁人さんが可もなく不可もない返答で返すと、伯父はあまり気に食わないように鼻を鳴らした。
「そう言ってお前もう三十路じゃないか。こないだまで付き合ってたやつはどうした」
「彼女とは別れた」
「それなりに美人だったのになあ…残念だ…何で別れたりなんかしたんだ?」
「仕方ないよ」
「ああ?」
「性格が合わなかったんだ」
私は瓶から注いだ烏龍茶を飲む。
そうか、暁人さん彼女いたことあるのか。
苦い思いに終わっていた初恋の人の恋愛話に傷つくことはなかった。ただやっぱり美人が好きだったんだなあとどこか諦観して会話を流し聞く。
「小鞠はどうなんだ?」
「へあっ」
急に話に巻き込まれ動揺した。
丸テーブルに座っていた他四人の視線がいっせいに私に向く。好奇の色がやどる目と目を合わせたくなくて、私は逃げるように視線を下に向ける。
「いや、あの私は……」
……やだな、この時間。
早くここから出たい、出てそして。
ふいに頭に和泉さんのことがぷかりと浮かんだ。
和泉さんに見られるのは恥ずかしかったけれど、嫌な感じではなかった。それは心の奥を土足で踏み荒らしていくものではなかったから。
……会いたい、なあ。
笑いかけてほしい。小鞠さんってーー。
「小鞠ちゃん」
暁人さんの声と思考の中の声が重なって。
はっと意識を取り戻した。
伯父さんがどうなんだ、と急かしてくる。私は小さく首を振った。
「い、いません」
伯父さんはそれを聞いて、「まあそれもそうか」と続けて。何杯目か分からない酒を煽り、酒気漂う顔で悪気なくただ思ったことを吐いていく。
「小鞠はしょうがないかあ」
何杯目か分からない酒を煽り、酒気漂う顔で悪気なくただ思ったことを吐いていく。
「その顔じゃあなあ。手に職つけないと嫁の貰い手なんかないだろ?まあ、暁人がもらえばいいのか!昔から好かれてたもんなあ。暁人!嫁が出来たぞ!ガハハっ」
名案を閃いた、とでもいうように膝を叩き機嫌良く大口を開けて伯父は笑う。一緒になって、テーブル他の面々も笑った。その声が頭の中でわんわんと響いて、何度も何度も心を削りに削っていく。耳を塞ごうにもこびりついて取れやしない。
暁人さんは、「それもいいね」とか言ってちらりと私をうかがってくる。
どうして昔の私は優しいと思っていたのだろう?波風立てるのが嫌なだけの狡い人を。庇うことなくみんなとともに嘲笑しているような人を。
私には良い顔をして取り繕うとする人を。
……帰りたい。こんなところに居たくない。
私は縮こまって心を奥底に沈めていく。傷つかないように。傷つけられないように。
そのうち私から話題が移っていき、私を気にせず他四人で話し始めた。
私はもうだいぶ限界で、立ち去るタイミングをうかがっていた。
ポケットの携帯電話が震える。取り出すと和泉さんからの連絡が入っていた。明日の午後会えないか、という文面に私は飛びつくように是と返す。
なんとかやり過ごして、私は帰りのバスに乗った。
最初は和泉さんに会いたい一心だったけれど、とりとめもないことを考えているうちに不安が大きくなっていった。
もしも、和泉さんも暁人さんと同じように私を笑顔の下で嗤っていたら。
そうなったら、私は二度と立ち上がれない。
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