第21話 柊家のお姉さん〜第二回柊家圧迫面接③〜

「それにしても桜空はどうやってハル君のことを知ったのかしら。少なくとも今年の春の時点では、重くてイタイ小説を書くほど拗らせていたはずだし。君目当てに高校受験した線もないはずなのよね」


「……重くてイタイ小説」


 話していてわかるが紅葉さんは悪い人ではない。

 どちらかと言えば妹想いのいいお姉さんだ。

 けれどお姉さん故なのか、桜空さんに対して言葉のナイフの切れ味が凄まじい。

 その辺りが姉妹喧嘩の原因だろう。


「ハル君は読んだことないと思うけど、桜空の自作小説は独特の痛々しさがあってね」


「……読みましたけど」


「嘘読んだの! 寄りにも寄ってハル君があれを!?」


 ガタンと音を鳴らして、紅葉さんがテーブルに身を乗り出してきた。

 桜空さんとよく似た大きな瞳を見開いている。

 なぜかはわからないけど凄く驚いているのだけはわかる。


「一体どうやって……って桜空が自分から読ませたのよね。……我が妹のことを侮っていたわ。いざ動き出したときの行動力が凄まじいとは思っていたけど、まさかの強心臓ね。今日ほど桜空のことを見直したことはない。いっそ尊敬の念さえ抱くわ」


「そ、そこまで驚くことですか? 紅葉さんが酷評するほど酷くはないといいますか。個人的には好きな内容でしたけど」


「私も初めて書いた小説としてはいい出来だとは思っているわよ。でも内容というか書かれた背景を知るものとしてはもうイタイというか。……しかも全く当事者に内容が伝わってないし」


「背景に当事者?」


 僕が首を傾げると、紅葉さんが席に戻って遠い目をした。


「ハル君はあれを読んでなにも思わなかったの?」


「えーと……切なくて最期の結末どうなったのかなと」


「ほらこの作品はボカロ曲っぽいとか」


「それは思いました。独特の世界観でボカロ曲のノベライズっぽいテンポだと」


「そこまでわかってなぜ作曲者に伝わらない!?」


 紅葉さんが急に脱力してテーブルに突っ伏した。

 なかなかリアクションが楽しい人だ。

 ただようやく僕にも紅葉さんの言いたいことがわかった。


 桜空さんの自作小説

 あれは『ハル』のチャンネルに投稿された最後の曲から創作したものみたいだ。

 僕が荒らしに『おこちゃまの妄想すぎて痛々しい』や『恋愛経験もないのにラブソングとかイタイ』と酷評されて心を折らせた曲でもある。


 元の曲の内容は白い病室で病床の少女とお見舞いに来る少年の交流だった。

 死を受け入れている少女を少しでも笑わせたくて、少年は毎日のようにお見舞いに来てマジックを披露する。

 曲の動画の最期では、誰もいなくなった病室で少年が一人涙する光景が映し出される。

 そんな献身的で悲しい曲。

 悲恋だし、バッドエンドだし、中学二年生らしさが欠片もない。

 再生数を伸ばしたくて狙いに行ってしまったのだろう。

 荒らしが湧いたのもその辺りが鼻についたのかもしれない、

 当時はわからなかったが、今ではそう分析できる。


 桜空さんの小説は恋人契約に遺産、手術、少年が青年となりミュージシャンをしている、などの相違点が多々あるが『私のことは好きにならないでください』などの台詞は僕の曲に含まれていたものだ。

 指摘されてみると全体の雰囲気がとても似ていた。

 僕がその価値観に共感し、気に入ったのもある意味では当然だったのかもしれない。

 

「あの小説は『ハル』の曲をノベライズしたものだったんですね」


「ちなみに桜空は『小説を酷評された』と周りに言っているみたいだけど、内容については私は一切悪く言ってないからね」


「そうなのですか? 確か『リアリティがない』とか色々具体的でしたけど」


「いつまであんたは拗らせているのよ! ……と桜空に指摘して喧嘩になっただけよ。途中でハル君のチャンネルにあった荒らしのコメントを流用はしたけどね。荒らしのコメント通りの人間になってどうするの? という意味で。その点については私も言い過ぎたと反省しているわ。桜空を意固地にしてしまっただけだったし」


 聞き覚えのある酷評だと思っていたら、本当にそのままだったらしい。

 図書準備室での桜空さんの怒りは本物だった。

 そこに嘘があるようには思えない。

 むしゃくしゃして大量の本をリクエストしたのも本当だろう。

 つまり高校に進学するまで怒り続けていたのも本当なわけで。


「はあ……もうそろそろ桜空がボイトレの教室から帰ってくる時間ね」


「ボイトレの教室……もうそんな時間ですか」


「家から歩きで通える距離だし、もうそろそろお開きにしないと。今日は会えてよかったわ。私が一方的に話しちゃったけど、ハル君の人柄も知れたし、桜空が変に暴走して迷惑をかけていないこともわかったし。本当に真っ当な交際をしているようでよかった」


「……ははは」


「あっ! 今日私と会ったことは桜空には本当に内緒にしてね。あの子はこういう干渉を嫌うし。特にハル君のことに関して過剰に反応しそうだから」


「了解しました」


 いきなりの対面だったが、僕としては色々と知れてよかったと思う。

 でも桜空さんは本当に怒り荒れ狂いそうな気がするので、絶対に黙秘しておこう。

 そう決意して、店を出ようとしたときだった。


「あの……ハル君!」


「なんですか?」


 振り返ると紅葉さんが僕に頭を下げていた。

 その態度はどこまでも真摯で、先ほどまでの軽い様子はない。


「桜空のことをよろしくお願いします」


「え、えと……頭をあげてください」


 顔をあげた紅葉さんはどこまでも真剣だった。

 たぶんこちらが本来の姿なのだろう。

 そして今日僕に会った本当の目的なのかもしれない。


「姉の私が言うのもアレだけど。桜空は色々と拗らせているし、イタイし、重いし、面倒臭い」


 ……まさかの大酷評だった。

 本当にこういうところが姉妹喧嘩の原因だと思う。


「でも顔とスタイルはいいと思うのよ。姉の贔屓目なしに」


「……顔とスタイル」


 真剣な顔をして褒めるところはそこでいいのだろうか。

 本当に桜空さんは見惚れたくなるような美少女だけど。

 正直、紅葉さんには姉としてもっと身内贔屓してあげてほしい。


「あと意固地で甘えたがりで、肝心なところで抜けていて、色々と引きずるタイプで面倒臭い」


 面倒臭いを二度言ったよ。

 なんというか桜空さんが不憫すぎる。


「でも根がいい子なのは確かだから。ハル君、本当に妹をよろしくね」


「はい。わかりました」


 紅葉さんにそう託されてしまったので、僕は思わず返事をしてしまっていた。

 喫茶ホーリーを出た途端、重いなにかに心が締め付けられる。

 腕の中にある大きめの謎のぬいぐるみ『きくらげ』君のせいではない。


 結局カジュさんに引き続き、紅葉さんにも言えなかった。

 言えないまま周りを欺いてしまっている。

 僕達の関係は疑似恋愛であって本当の恋人ではないのに。


 桜空さんが中学時代『ハル』のファンだったことを知れたのはよかった。

 色々と疑問だった謎が解けたから。

 どうして桜空さんが僕を『ハル』だと知っていたのかもすでに検討はついている。


 桜空さんの目的は僕にもう一度ボカロ活動をさせることで間違いはないだろう。

 そこに恋愛感情は必要ないわけで。

 実際に憧れの相手と会って、幻滅することはよくあることだ。

 理想と現実。

 夢から覚める。

 それでいいと思う。

 見返りを求めない無償の愛情は美しいだけではない。

 時としてどこまでも歪で、残酷に映ることがある。

 そのことを少しだけ理解できた気がする。

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