第19話 柊家のお姉さん〜第二回柊家圧迫面接①〜
『ハル。紅葉がお前に会いたいらしい。桜空に内緒でだ。桜空は今日習い事で家を空けるから十七時以降にちょっと店まで来てくれるか』
平日の木曜日にカジュさんからこんな呼び出しを受けた。
現役大学生。バンド活動をしているという柊家長女の柊紅葉さん。
春休みに桜空さん自作小説を酷評し、現在もまだ桜空さんと喧嘩中のお姉さんだ。
ちなみに美羽さんの同級生の幼馴染で親友でもあるらしい。
そんな紅葉さんが桜空さんには秘密で僕に会いたいという。
僕に興味を抱いただけならば、桜空さんに内緒で会おうとするのはリスクが大きいと思う。
喧嘩中で気まずいならば僕と接触しようと思わないはずだし、カジュさんも協力しないだろう。
つまり今回の呼び出しには、カジュさんが協力する理由があるわけだ。
桜空さんとの仲直りのための協力要請だろうか。
桜空さんの性格を考えると、姉妹関係が改善するどころか悪化する未来しか見えないが。
紅葉さんについての情報が足りない。
どういう意図で紅葉さんが内緒で僕と接触しようしているのか、これ以上考えても無駄だろう。
これが本当に仲直りするための相談ならば協力するのもやぶさかではないのだが。
まだ見ぬ紅葉さんのことを考えながら住宅街の坂をくだる。
今日は喫茶ホーリーへの道順を変えていた。
いつも坂道を登っていくだけなのだが、今日は別の坂道から一度頂上付近まで登りきり、そこからくだるルートを通っている。
桜空さんとすれ違わないため。
その理由もあるが、それ以上に妹の柚希対策の意味が大きかった。
柚希の通うボイストレーニング教室が坂の下にあるらしい。レッスン日も毎週木曜日なので今日だ。つまり柚希も虹見台に来ている。
遭遇しないためにも警戒するに越したことはない。
そうして僕は桜空さんや柚希とすれ違わずに、喫茶ホーリーにたどり着くことに成功した。
時刻は十七時十分。
明確な時間指定もなかったし、訪問時間としては頃合いだろう。
ドアの吊り下げプレートにはクローズの文字。
店内は消灯されており、今日のディナー営業はお休みのようだ。
けれど鍵は開いているようでドアは簡単に開いた。
――カランコロン
「失礼します。カジュさ――」
「――来たわね佐倉常春。待っていたわ!」
――バタンッ!
ドアを開くと、そのむこうに主張の強いロリがいた。
喫茶ホーリーのカウンター前に仁王立ち。
思わず店に入らずドアを閉めてしまったが、不思議と罪悪感も後悔もない。
なるほど……あれが柊紅葉さんか。
なんとも強烈な人だ。
現在大学生で桜空さんの年の離れたお姉さんはずだが……ロリだった。
顔立ちは桜空さんに似ているが、背は頭一つ分くらい低い。
その背の低さだけがロリの理由ではない。
服装からしてロリだったのだ。
よし帰るか。
――カランコロン
「なにそっ閉じして帰ろうとしているのよ!?」
「か、帰ろうとはしませんよ!」
「そう? ならさっさと店の中に入って。さすがに私もこの格好のまま実家付近で追いかけっこしたくないから」
そうして僕はぎゅっと右手首を掴まれて、店の中に引きずり込まれる。
リボンやフリル過多のゴシックロリータ金髪少女に片腕で。右腕に形容しがた謎の巨大なぬいぐるみを抱きしめている。
この見た目で本当に年上のお姉さんなのか。
というか力強いなこのロリ。
「改めて自己紹介しましょうか。私が桜空の姉の柊紅葉よ」
「え、えと……桜空さんと同級生でお付き合いさせていただいている佐倉常春です」
「ハル君でよかったわね。アイスコーヒーは自由に飲んでね。おかわり自由だから。私が入れたの。今では美羽の方が上手かもしれないけど、一応私が師匠だから味は保証するわよ」
テーブル席に対面で座る。
アイスコーヒーのグラスが置かれており、促されるままブラックでアイスコーヒーを口に含んだ。
スッキリとした味わいが喉を潤し、香りが鼻から抜ける。
最近良く飲んでいる親しみのある味。
これは喫茶ホーリーのコーヒーだ。
同じ豆を使っているのもあるが、言葉通り美羽さんにコーヒーの入れ方を教えたのは紅葉さんなのだろう。
遜色があるようには思えなかった。
「美味しいです。それで……あのカジュさんたちはご同席なさらないのですか」
「あの二人は奥に引っ込んでもらっているわ。ちょっとハル君のことで確認したいことがあったから。他の人の前で聞くことでもないでしょうし」
「僕のことですか?」
てっきり桜空さんのことを聞きたいのだと思っていた。
けれど僕に用事があったみたいだ。
初対面のはずだけど一体なんだろう。
紅葉さんは両肘をテーブルにつき、手を組んで、顔を乗せる。ちょっと首を傾げて上目遣いで僕を見てくる。
ポーズが様になっていた。
そういえば桜空さんに異性への頼み方などを指導していたのは、この紅葉さんだと聞いている。
あざといのに嫌味がない。
容姿が幼いからだろう。異性を感じさせない純真無垢な子どものように見える。自分の容姿を熟知した立ち振舞いなのだろう。
「いきなり不躾な質問をするのもあれだし、先に私のことを話しましょうか。腹を割ってお話するのには必要よね。ハル君は色々と桜空から聞かされているみたいだけどね」
「えーと桜空さんのお姉さんで大学生。バンド活動をしているとは聞いてます」
「そして今年の三月の桜空の書いた小説を酷評して現在姉妹喧嘩中?」
「……はい」
にっこり笑顔で確認されて正直に答えた。
どうも苦手だ。
見た目に反した成熟した知性。
こちらの考えを見透かされているような気がする。
この思慮深さは桜空さんに似ているが根本が異なっている。
桜空さんは仲間意識を抱けた。
周りからどう見られるのか意識した立ち振舞いをしていても、その方が便利だからしているだけ。周りには無関心でトラブルを避けるため、そのように振る舞っているタイプだ。
ある意味で身勝手で自分の世界にしか関心がない。
そこが僕と似ていて親しみを持っている。
けれど紅葉さんは違う。
悪い人ではないのはわかるが、周囲に影響力を持つリーダータイプの人だ。
周囲に行動を促すために作為的に自分を偽ることができる。
カリスマ性と言い換えてもいい。
高校時代は教室でクラスの中心の存在だったのだろう。
苦手意識が顔に出てしまったのかもしれない。
身構える僕に紅葉さんが苦笑いした。
「そんな緊張しないでいいから。もしかして服装が悪かったかな。一応言っておくけど、このゴスロリは私の趣味じゃないし、普段から着ているわけでもないからね」
「え? じゃあどうしてそのような格好を」
「妹の彼氏に会うわけでしょ。一応、正装しておこうと思ったのよ。でも大学生って制服はないし、店の給仕服で会うのもおかしいし、スーツはかしこまりすぎてもっとおかしい。そこでこのライブ衣装ってわけよ!」
そう言って紅葉さんは立ち上がり、くるりと一回転した。
黒くて足が何本もある謎のぬいぐるみも一緒に回る。
「改めて自己紹介。ガールズバンドグループ『ブラックゼリーフィッシュ』のボーカル兼ギター兼リーダーのモミジよ。よろしくね」
「お……おぉ~」
「ノリ悪いわね。拍手!」
パチパチパチパチ。
言われるがまま拍手する。
ライブ衣装。
言われてみればステージ映えする服装かもしれない。ガールズバンドとは聞いたていたが、まさかゴスロリ系だったとは。
紅葉さんには凄く似合っているけど。
「うん。拍手ありがとう。もういいわよ。これでもインディーズでは名前も知られていて、ライブ会場はほぼ満員。メジャーデビューも近いって言われているんだから」
「えっ!? そうなんですか!?」
「実は何社か断ったことあるし。曲の縛りつけず歌っていれば、とっくに契約はできていたのよね。どこも曲の縛りをなくしましょうとか言い出すし」
「……曲の縛り?」
不穏なワードに思わず聞き返す。
まさかこのゴスロリ繋がりで曲がメルヘンとかだろうか。それとも容姿に似合わずデスメタルやゴアとか。
「私の夢。それは……スパロボ参戦」
「スパロボ?」
「そうスパロボよ! 熱血ヒーローソングを中心に歌っているのよ! オリジナル曲もあるけど昔のアニソンのカバーも多いわね」
ぐっと拳を握りしめ熱く語ってくる紅葉さん。
一気に打ち解けやすくなった気がする。
紅葉さんが意図的に演出した親しみやすさだとしても、興味を抱いてしまったから僕の負けだろう。
なんか凄く気になる。
「熱血ヒーローソングをそのライブ衣装で?」
「だからこの格好は趣味じゃないのよ! だけどギャップって重要だし、実際ライブでもウケがいいのよ。可愛く登場したのに第一声から激熱で歌い始めて、客の度肝を抜くのは快感だし! まあ……そんな感じに選曲権は私が貰うかわりに、バンドメンバーの着せ替え人形やらされているわけ」
「……着せ替え人形。他のメンバーの方は良いセンスをしていると思いますよ」
「ありがとうございます?」
首を傾げながら紅葉さんは席に戻る。
そしてアイスコーヒーを口に含んだ。
「うちのバンドは高校時代から同じメンバーなんだけどね。私はヒーロー好き。ベース担当が私と似たところがあってニチアサマニア。ドラム担当がダークな魔法少女好きでゴスロリマニア。ピアノ専攻で美大にも通っているキーボード担当がクラゲマニアなわけよ」
「な、なるほど?」
「そいつらに選曲以外のバンドの方針を任せたら、今のライブ衣装になったわけよ。バンド名も『ミズキアニキシスターズ』にしたのに、猛反対されて『ブラックゼリーフィッシュ』になったし」
やはり他のバンドメンバーは有能なのでは。
思ったが口に出さなかった。
なんというか凄く濃いメンバーが揃っているのは理解できた。
あと紅葉さんは割とポンコツの香りがする。
「あっ、忘れてた。これあげるわ! 今日ハル君にあげるつもりで持ってきたのよ。はいプレゼント」
「……はい?」
「受け取ってもらえてよかった。大きいし重いし、持ち運びに困っていたのよね」
反射的に受け取ってしまった。
ずっと紅葉さんが大事そうに抱えていた不気味な巨大ぬいぐるみだ、ずっと抱えているからお気に入りなのかと思っていたら邪魔だったらしい。
こんな謎のぬいぐるみをもらっても困るのだが。
色は真っ黒。
表面は少しテカテカしている。
一見タコに見えるが違うのだろう。足の数が異様に多いし、バンド名からしても、メンバーにクラゲマニアがいることからしても、おそらくクラゲだ。
よく見ると割と愛嬌のある顔をしている。
某ロールプレイングゲームに出てくるメタルなホ◯ミスライムに似ていなくもない。
「それ一応プレミア品よ。うちのバンドの一番人気グッズ。マスコットキャラの『きくらげ君』ぬいぐるみ。この子凄いのよ。前に調べたら転売価格ギリ五桁あったから」
「五桁!? いえ、それよりも名前をもう一度言ってもらえますか?」
「きくらげ君」
「きくらげは……きのこですよね?」
「ぬいぐるみとマスコットに関しては、キーボードの子に一任しているんだけど。あの子センスが独特なのよ。……でも客受けはいいし、グッズが売れているからね」
紅葉さんが遠い目をした。
僕もこのぬいぐるみをどうすればいいのだろう。ツッコミどころが満載過ぎて困る。
……柚希にあげるか。なんか好きそうだし。
さすがに紅葉さんに返すことは出来ない。
「さて私のことをちゃんと知ってもらえたと思うし、今日の本題に入りましょうか?」
「本題ですか?」
「そそ。ただ妹の彼氏にバンドの宣伝をしたくて会いに来たわけではないからね」
「それはそうですよね」
「単刀直入に聞くけど、ハル君は二年前に中学生ボカロPとして活躍していたあの『ハル』なの?」
上目遣い。ニコリとした微笑み。コテンと傾げられた首。先ほどのぶっ飛んだバンドの話。
どこまでが紅葉さんの計算だったのだろう。
急な話題の転換に完全に虚をつかれてしまった。
頭が真っ白になって表情が上手く作れない。
誤魔化すのであれば、なにを言われているのかわからない。
きょとんした表情を浮かべなければならなかったのだろう。
紅葉さんは僕の顔を見て、なにも言わずに立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます