第16話 初デートのファッション講座②
ガタンゴトンと揺れる車両。
車窓の向こう側では街並みが流れていく。
そんな中で僕は桜空さんからファッション講座を受けていた。
「トレンドは無視して、シルエットをハル君に合わせる。ここまで条件を絞れば、ハル君に意識してもらいたい基本は二つだけです」
「二つだけ?」
「はい。今日の私たちの服を見てもらえれば、とてもわかりやすいのですが」
そう言われて改めて今日の服を見る。
二人とも白と黒のシンプルな服装だ。
「モノトーン?」
「はい。正確にはトップスとボトムスで明と暗を分けることですね。モノトーンにする必要はありません。色の相性や補色などはややこしいので、今日は白と黒で統一しましたけど」
「上下で色を揃えてはいけないってこと? 黒ずくめとかあるけど」
「いけないわけではないありません。でも同じ印象の上下はフォッションとして上級者向けですね。制服やゴスロリみたいに役割や表現したいテーマがはっきりしていれば問題ありません」
「テーマがはっきりしていれば……か。確かに制服とか色を統一しているね」
「所属や役割を強調するためですね。けれど特別な意図なくトップスとボトムスの色合いを揃えているのはダメです。暗い色同士だと目立つところがなく地味なだけ。明るい色同士だとどこを強調したいのかわからない。大事なのはメリハリです」
「……メリハリか」
さすがに僕も色かぶりしないようには気をつけている。
でも服装でメリハリを意識したことはあまりなかった。むしろ一体感があると思い込んで、全体の色合いを揃えがちだったかもしれない。
「メリハリをつけるにしてもトップスとボトムス、どちら明るくするかも重要です」
「それにも意味があるんだ」
「ファッションは他者に見られることが前提。他人にどういった印象を与えるかが重要です。人間の認識は自然界の規則に従う。上が明るくて下が暗い。これが自然だと認識しています。さて今日のハル君の服装はどうでしょう」
「上が明るくて下が暗い。つまり自然に見える?」
「そうです。そのため他者からは落ち着きや真面目さ、それに安心感を与えたいときにトップスを明るめにしてボトムスを暗くするといいんです」
「……そんな意味があったんだ」
今日の服装は桜空さんが決めた。
こんなシンプルな服装の組み合わせにちゃんと意図があるとは。
僕のファッションセンスに期待していないから無難なく服装を指定したのだと思いこんでいた。
「それだと桜空さんの服装にも意味があるの? 上が暗くて下が明るいけど」
「さっきハル君が『ナンパされそうで心配になる』と言いましたよね。あれです」
「つまり異性の目を引きつけやすい?」
「近いですね。行動的で活発な印象を与えるんです。革新。なにかやってくれそうな期待感を出せます。普段から大人しいイメージがあるのであれば、トップスを暗くボトムスを明るくするだけで、イメージがガラっと変わりますよ。ギャップを出したいときや、勝負服を選ぶ時のテクニックです。もちろん逆のパターンもあります」
「……普段から活発な人がトップスを明るくして、ボトムスを暗くすることで落ち着きを演出すると」
確かに今日の桜空さんは印象が違った。
メガネを外しているからだと思っていたが、服装から普段とのギャップを演出するための仕掛けだったらしい。
「さらに重要なのが恋人同士のとき。男女の服装のバランスが与える印象について」
「ペアで見られたときの印象まで想定できるんだ」
「できます。今日の私たちだと女性優位。彼女が彼氏を振り回しているように見えるはずです」
「……間違ってはいないね」
「ハル君どういうことでしょう?」
思わず漏れた僕の一言に桜空さんが鋭く反応した。
ゴールデンウィーク明けの頃ならば平謝りしていただろう。
けれどもう一ヶ月の付き合いだ。
同じ職場で働いているし、桜空さんのことも理解できている。本気で怒っていない。過度な謝罪はむしろ不満に思われるだけ。
嘘や誤魔化はなく正直な言葉で論点をずらすのが正解だ。
「僕は桜空さんに振り回されるの好きだよ」
「…………ハル君はそういうところばかり、たくましくなりましたよね。これはカジュ兄……はないので美羽さんの影響でしょうか」
桜空さんがなぜか頭が痛そうに遠い目をした。
僕の回答が気に入らなかったわけではなさそうだが。
「そういう言葉は私以外に言ったら問題になりますからね」
「元から桜空さん以外には言うつもりはないけど」
「またそういうことを言う! もういいです。話を戻しますよ」
「う、うん了解しました」
なぜか怒らせてしまった。
女心は難しい。
「今日の私たちの服装がなぜ女性優位の印象を与えるかわかりますか?」
「桜空さんが活発に見えて、僕が大人しい印象を与えるからだよね」
「正解です。あと二人で上下の色合いを合わせると、理論上は真面目で大人しいカップルに見せることも、凄くアクティブなカップルに見せることもできます」
「なるほど」
「ちなみに次回のデートからは私達の色合いを逆にします。男性優位ですね。今日購入するハル君の服はその方向性の予定です。覚悟してください」
「えっ!? どうして?」
どうも桜空さんの中で僕の服装のコンセプトが固まってしまっているらしい。
改めて今日の桜空さんの垢抜けたスタイリッシュな装いを見る。
このタイプの服装を僕がしても似合うとは思えない。
「さっき言いましたよね。トップスを暗くして、ボトムスを明るくすると普段大人しい人はギャップを演出できます。そのギャップこそがハル君には必要です」
「……ギャップが必要」
「バイト中や今もですけど、ハル君は前髪を上げるだけで印象が変わりますよね。明るくなっている気がします」
「バイトの前にこの桜のヘアピンつけると、確かに気分が切り替わるかも」
「いい変化ですね。教室では普段通りでいいんです。でも私と二人でいるときはぐらいは自分を出してほしいと思ってます。ハル君はもっと前向きになっていいんですよ」
じっと僕の目を見つめてくる。
これは疑似恋愛だ。
僕らは互いに恋をしていない。
そのはずだ。以前よりも互いを知っている。格段に仲良くなっている。
けれど互いに疑似恋愛という壁は維持している。
これは本気の恋愛ではない。
互いに強要しない。
絶対に自分のことを優先するように押しつけない。
だから僕も好きという感情を無視している。
心地いい関係性でいたいから。
けれど時折、桜空さんの言動から特別な意図を感じるときがあった。
ちょうど今の桜空さんがその状態だ。
疑似恋愛の壁の内側に侵入してきて、僕に変化を強要してくる。
有無を言わせない圧力があるわけではない。
瞳が揺れるのだ。
この要求を僕に拒絶されると悲しい。
お願いだから私のために変わってほしいと。
いつもなら絶対にしない目だ。
こういうときの桜空さんは無自覚かもしれないが、僕に情で訴えてくる。
考えられるのは疑似恋愛のため。僕に理想の彼氏役を演じさせるため。
本当にそれだけなのだろうか?
わからない。
意図がわからないから抗えない。
僕はまだ桜空さんのことを理解しきれていない。
少しして圧力が薄れた。
「私も本当はトップスを明るくして、ボトムスを暗くした服装のほうが落ち着くんです。デートは彼氏役の人にリードして欲しい願望もありますし」
「……それなら仕方ないね。ファッションに指導よろしくお願いします」
「はい!」
それから電車が目的地のショッピングモールに着くまで、僕らは一つのイヤホンで同じボカロ曲を聞き続けた。
桜空さん機嫌が良さそうだったの僕の選択は間違いではなかったのだろう。
僕はイヤホンから聞こえる曲を聞かず、隣からかすかに聞こえてくる桜空さんの歌声だけに耳を傾けていた。
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