第15話 初デートのファッション講座①

 六月になり初めてのお給料日を迎えた。

 給与は親族経営らしく月初払いの手渡される。

 二人のデート資金やオシャレのために使うと宣言していたからだろう。


「今回は交際記念に色をつけているからね。しっかり青春しなさい」


 手渡してくれた美羽さんの言葉に、思わず桜空さんとハイタッチする。

 時給換算よりも一番大きなお札の枚数が数枚多かったのは嬉しい。


 ゴールデンウィークの後から僕の時間の流れは早くなった。

 五月中、僕と桜空さんは山登って写真撮影した以降は遊びに出かけてはいない。

 けれど常に一緒だった。


 教室で話さないのは変わりないが、同じ環境に身を置き、同じ体験をしている。

 放課後は相変わらず図書室に集まり、家に帰っても暇があればコミュでやり取りしていた。


 ゴールデンウィークまで一切活用されていなかった二人だけのコミュがまさかの大活躍だ。

 内容はほとんど好きなボカロ談義で埋め尽くされていて、恋人コミュというよりボカロ板だったが。

 そして週末は一緒に喫茶ホーリーで働く。


 桜空さんと過ごすことが僕の日常になっていた。

 別にアルバイトを休んでまで、デートしなくていいのではないか。

 僕はそんなことを考えていたのだが。


「ハル君、いいですか? 私達がしているのは疑似恋愛です。計画通りにデートしなければいけないのです。必要なのは体験です。アルバイトもデート資金調達のために始めたのですよ。お金が手に入った今、デートをしなければ本末転倒です」


 そんな桜空さんの宣言により、僕らはついにデートをすることになった。

 場所は地元から離れた大型ショッピングモール。

 ファッションセンスのない僕の服をコーディネートするためだ。

 集合場所は現地集合ではなく地元の駅。

 合流した瞬間、僕はそれが正解だったことを痛感させられた。


 桜空さんはやっぱり美少女なのだ。

 黒のブラウスに白のプリーツスカート。

 単純なモノトーンの配色なのに、遠くからでも目を奪われた。

 髪型はクラウンハーフアップという凝ったものだ。サイドアップテールで結んだ髪を用いて後ろで編み込みを作るらしい。

 ワンポイントで桜の花びらのコサージュをつけている。


 桜空さんは自分の名前に合わせて、桜の花びらのアクセサリーを集める趣味がある。

 コサージュもコレクションの一つだろう。

 今日はメガネもつけておらず、大きな瞳がよく見えた。

 いつも可愛いけど、いつもよりも垢抜けて洗練された印象を受ける。

 街中で待ち合わせなんかすれば、すぐにナンパされていただろう。


 僕の服装も悪くはない。

 ワイシャツに黒のジーンズなので良いも悪いもない。

 出かける前に柚希から「つまらない」となじられるほどに無難だ。

 一応、バイト中に使っている桜の花びらのヘアピンはつけている。

 前髪も上げているし、普段よりもおしゃれしていると言えるだろう。ただそのヘアピンの存在が浮くほど、服に飾り気がない。


 この服装は桜空さんの指定だった。

 僕の持っている服を聞いて、桜空さんが決めたのだ。

 アクセサリーも含め、色合いだけで言えば全く同じだ。トップスとボトムスでモノトーンの色が違うだけ。

 それなのに僕だけが野暮ったくて、桜空さんとは不釣り合いに見えるだろう。


「ハル君。おはようございます。さてデートの始まりの挨拶をどうぞ」


「……可愛い。いつものストレートの髪も似合っているけど、その編み込みも凄くに綺麗。桜のコサージュも似合ってる。それに服装もモノトーンでシンプルなのにいつもと印象が違って大人っぽい。あとナンパされそうで心配になる」


「おお! 高評価。あと女性のファッションを褒めるミッションもクリアですね。でもナンパ云々はハル君が頑張って防いでください」


 頑張って言葉を紡ぐと、桜空さんが満面の笑みで迎えてくれた。

 デートの始まりの挨拶は女性のファッションを褒めること。

 事前にそんなレクチャーをされたのだ。普通の恋愛はどうか知らない。

 これは疑似恋愛としてのデートだ。

 二人で理想のデートをするために、色々と打ち合わせ済みである。


 褒める内容の指定こそはないが、女性の容姿とファッションを褒める練習はさせられていた。

 桜空さんの反応を見るに、成果はあったのだろう。

 事前に練習しておいてよかった。

 たぶんなにも言われてなければ、僕は見惚れるだけでなにも言えなかっただろう。


「ちなみに今日の私達の服装がペアルックになっていることに気づいていますか?」


「……ペアルックには見えないけど色合いは同じだよね。アクセサリーも含めて」


「デート時の服装は二人セットである。これがわかっていれば大丈夫です。それでは簡単なファッション講座を、と行きたいところですが電車に乗ってしまいましょうか。乗る電車が来てしまったので」


「そうだね」


 土曜日の午前十時。ホームにはそれなりに人がいるが、混むという程ではない。

 僕らは電車に乗り込んで、並んで座席に座ることができた。


「さてファッション講座ですが、ハル君はファッションについてどう思ってますか?」


「……トレンドとかややこしい」


「素直ですね。場所、季節、雑誌のトレンド。色々とありますが無視していいです」


「無視していいの?」


「まず基礎を抑えないといけませんから。例えばシルエットの問題。ハル君は細身なのでトップスをダボッとさせて、ボトムスをスキニーにした方がスタイリッシュに見えますね。両方太いと服に着られますし、両方細いと貧相に見えます」


「僕はトップスを太くして、ボトムスを細くする」


「逆にカジュ兄のようなマッチョ系はトップスを軽くして、ボトムスで遊んだほうが雰囲気が出ます」


「カジュさんは逆なんだ。でもボトムスも流行の形とかあるよね」


「ありますけど。まずは自分にあった型を学ばないと意味がありません。流行に合わせるのは、自分のスタイルを決めてからです」


 桜空さんの言葉を噛みしめる。

 ファッションの話だが、曲作りや創作に通じる物があるのかもしれない。

 まずは基礎を抑えなければいけない。

 前提となる知識がなければ、どんな情報も活用できないだろう。

 それに自分にあった型を身につけることはどんな場合でも必要だ。


 流行を意識するあまり、自分が本来持っている型を無視してしまえば、全てが型なしになってしまう恐れがある。

 自分に全く関係ないと思っていたけど、ちゃんと理論だっているし、考え方の共通点が発見できる。

 ちょっとファッションに興味が出てきた。

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