第12話 どうも箱入り娘だったみたいです

「しかもですよ! 一緒に働いているのがあの二人です!」


「う……うん。それのどこに問題が?」


「恋人と同じ職場で働くのに憧れますよね」


「仲良さそうだもんねあの二人」


「三人で働いていて二人は阿吽の呼吸。目と目で通じ合う関係ですよ? しかも片方は自分の兄ですよ。疎外感と気恥ずかしさと忙しさで疲弊しました」


「……大変だね」


 桜空さんがカウンターに突っ伏す。

 煤けたその背中には慰めの言葉しか出てこない。


「今週末も出てほしいと兄にシフトを組まれています。三人でもランチは地獄でした。一人くらい妹権限で追加してバイトを追加してもいいはずです」


「三人でもギリギリだったんだ」


 座席数はカウンター含め二十席ほど。

 通路を広くとっており、席と席の間の余裕がある。またインテリアとして観葉植物やピアノも置かれている。

 内装と雰囲気重視の店だからだろう。

 広さからすれば席数は少ないくらいだ。


 けれど満席となれば三人でもきついだろう。

 そのうち二人は調理担当とコーヒー担当。給仕をメインにするのは桜空さんだったはずだ。

 文字通り、店内を走り回ったに違いない。


「カジュ兄も忙しさ緩和のための努力はしてますよ。さっきのナポリタンもそうです」


「あのナポリタンが?」


「当初は他にもミートソース、ボロネーゼ、アラビアータなど、パスタメニューを色々と考えていたそうです。仕込みの準備ができないわけではない。けれどできるからと、メニュー数を増やすと注文に手間取ります」


「色々なメニューを覚えるのも大変だからね」


 それにお客さんが注文に迷うと、お店の回転率が下がってしまう。

 メニューを多くすればいいものではない。


「そこで先程のミートボールナポリタンです。トマト系のパスタを一品に絞ったうえで、満足感を上げるために色々と苦心していました」


「なるほど。ミートボールの食べ方次第でミートソースやボロネーゼ風にもなるから」


「あれはよくカジュ兄が家で作ってくれていたナポリタンを改良したんです」


「つまり柊家の家庭の味なんだ」


「カジュ兄は最後まで看板メニュー化に抵抗してましたけどね。『いくらわかりやすくてもナポリタンはイタリア料理ではないんだ』とか言って」


「……そういえばナポリタンは日本生まれだっけ」


「美羽さんと私で押し切りましたけど」


 試行錯誤は味だけではなかったらしい。

 飲食店経営にはメニュー決めも大変なようだ。


「そうした努力により、無事良好なスタートダッシュに成功。人気店となったのです。……私のゴールデンウィークを潰すほど」


「お疲れ様」


 いくらメニュー簡略化しても、仕事量が増えてしまっては忙しくなるのも当然なわけで。

 人気がないのはもっと困っただろうけど、人気が出すぎてマンパワーが足りないのも困った問題だ。


「こんな感じでこの店は週末人手不足です。ハル君が一緒に働いてくれると、私としても色々な面で助かります。金銭面以外でも」


「思ったより切実だね」


 桜空さんの口調が真剣だった。

 僕にバイトさせるために疑似恋愛計画を始めたわけではないはずだが、そんなことが頭によぎるほどに鬼気迫る勧誘だった。

 断る選択肢はないし、断る理由もない。

 それに僕もすでにこの店の雰囲気が気に入っていた。


「この店で働けるのであれば働いてみたいかな」


「いいんですか!?」


「バイトはしてみたいと思っていたからね。こんな機会でもなければ、自分からバイトの応募もしないだろうから」


 自分の性格は知っている。

 今日も誘われなければ怠惰な日々を過ごしていたはず。

 せっかく機会が巡ってきたのだからこのまま従うのも悪くない。

 それにここは桜空さんの家だ。

 この店で働くことは凄く特別な感じがした。


「そう言っていただけてよかったです。なにせカジュ兄はあの風貌ですし」


「あの風貌」


「どうしてあんなに大きいのでしょうね。身長わけてほしい」


「身長わけてほしいって」


「腕とかも太いですからね。ただあれでも優しいところもあるんですよ。美羽さんに全く頭があがらないヘタレなところは、少しハル君に似ているかもしれないですね」


「……ヘタレ」


 桜空さんがディスりながらカジュさんの紹介をしてくる。

 確かに身体が大きく威圧感がある風貌だが、つい先ほど見せた桜空さんとの兄妹喧嘩を見るかぎり、そこまで怖いとは思えない。

 妹想いのお兄さんだ。


「私としてはハル君から前向きな返事をいただけた時点で『週末からよろしくお願いします』でいいんですけどね。店主はカジュ兄です。どうもハル君のことを面接する気まんまんみたいです」


「それは本当にバイトの面接?」


「本人はそう言ってます」


 桜空さんが大きなため息をついた。

 美羽さんとカジュさんの反応から薄々わかっていたが、どうも桜空さんは家族からの愛を一心に受けて育てられたようだ。

 そんな桜空さんに急に彼氏ができたと聞かされれば、過保護なお兄さんがどういう行動に出るのか。


 話が一段落ついたところで、カウンターの奥から美羽さんとカジュさんが出てきた。

 タイミングを見計らっていたのだろう。


「もう話は終わった?」


「はい。バイトの件は説明し終えました」


「それなら桜空ちゃんは奥に引っ込みましょうね」


「え……でも?」


「どうもカジュはハル君と男同士二人きりで話をしたいみたいなの。変な態度をとらないように言い聞かせてあるから、私を信用してこっち来て」


「……美羽さんがそこまで言うなら。ハル君頑張ってね」


 桜空さんが美羽さんに促されてカウンターの奥に入っていく。

 店内には僕と厳しい顔をしたカジュさんの二人だけだ。


「……それじゃあバイトの面接を始めるか」


「は、はい! か……えーと」


「カジュでいい。美羽と桜空がそう呼んでいるんだ。店内で一人だけ違うと面倒だろ。すでに雇うのは確定している」


「確定ですか?」


「さっき相談は済ませた。すでに美羽がハルのことを認めている。雇う理由なんてそれだけで十分だろ」


 どうもバイトの面接は僕が店内に訪れたときから始まっていたらしい。

 面接官はカジュさんではなく美羽さんだったが。

 それだったら今から始まる面接はなんなのか。

 その答えはカジュさんがすぐに教えてくれた。


「それでハル。俺は今朝いきなり妹から彼氏を雇ってほしいと言われたわけだが」


「そ……それはまた唐突ですね」


「そう唐突なんだよいつも桜空は。ハルも振り回されて大変だろう」


「いえ、僕も楽しんでますので」


「そうか。それはよかった。それで本当に昨日から付き合い始めた。でいいのか?」


「……はい」


「出会いは高校に入ってからというのは本当か?」


「…………はい」


「とりあえず馴れ初めから話してくれ」


 質問の内容からわかる。

 これはバイトの面接などではない。

 保護者面談という名の圧迫面接だ。



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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 私事で申し訳ありません。

 私、めぐすりがカクヨム現代ドラマジャンルで連載していた完結済み長編。


『引きこもりVTuberは伝えたい』


 明日の2023/12/15に電撃の新文芸から発売です。

 青春純愛モノのこちらとは違って、コメディ要素とメッセージ性の強い作品ですね。

 WEB版第一章より三万文字ほど加筆しているので、書籍版の方が深みある話になっていると思います。

 WEBでは完結済み、

 完結まで書籍化したい野望があるので、買ってもらえたら嬉しいです。

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