第11話 恋愛にはお金がかかる
『柚希。軽く食べてから帰る。少し遅くなるかも。母さんに伝言お願いできる?』
『いきなりだね』
『ちょっとね』
『いいよ別に! お兄ちゃん新たな門出だしね』
『門出?』
『ううん。別に気にしないで。彼女さんによろしくね!』
『彼女!? 柚希お前いきなりなにを!?』
『照れるな照れるな。伝言は了解だよ』
コミュで妹に連絡する。
変な勘違いをされてしまっている気がする。柚希も思春期だからそういう年頃なんだろ。
釈然としないがこれで家の方は大丈夫なはずだ。
「……まったく柚希のやつ」
「兄がすみません。柚希ちゃんがどうかしましたか?」
「ううん。なんでもない。家の方は大丈夫だって」
「そうですか。それにしてもハル君はこういうとき妹さんに連絡するんですね」
「母さんスマホ見ないから」
僕の答えに桜空さんが苦笑いを浮かべた。
我が家のおかんの法則はどうやら柊家にも適応されるようだ。
スマホで親に連絡しても伝わらない問題は家族あるあるなのかもしれない。
「それじゃあナポリタン食べようか」
「別に無理して食べなくてもいいんですよ? 兄が勝手に出したものですし」
「いやもう家には連絡したし、せっかく作ってもらったものだし。それに凄く美味しそう。こんなにごろごろとミートボールが入っているのは珍しいね」
今日はよく歩いたからだろう。
ケチャップと玉ねぎの香ばしい匂い。
早くミートボールにかじりつかないと、いつお腹が鳴ってもおかしくない。
「……ハル君、さっきから妙にカジュ兄に肩入れしてません?」
「そんなことないけど」
「あります!」
「はいはい。そこじゃれあってないで早く食べなさい。バイトの話もあるんでしょ」
食べ始めない僕らを見かねた美羽さんが待ったをかけた。
さっと僕にウインクしてくる。桜空さんの相手はするから食べ始めないということだろう。
いただきます。
「じゃれあってなんていません!」
「そう? さっきハル君がカジュに肩入れしたから、桜空ちゃんヤキモチ焼いたのかと思ったんだけど」
「焼いてません!」
「はいはい。なら桜空ちゃんも食べてあげて。テンパって余計な口出しもしたけど、それ一応カジュなりの歓迎なのよ。対応に困ったらとりあえず食べ物を出す。桜空ちゃんもカジュの習性わかっているでしょ」
「……はい」
美羽さんの言葉に覚えがあるのか、桜空さんは大人しくフォークを手に取った。
その様子を見て、僕も安心してミートボールを口に運ぶ。
口に含んだ瞬間、濃厚な肉汁が溢れて、ナツメグなどの香辛料の香りが鼻を抜けた。なによりお肉を食べている感じが凄い。
その流れでフォークにパスタを巻いて口に入れる。
火を入れたことで酸味が飛び、ケチャップと玉ねぎの甘みが引き立つ濃厚な味が口いっぱいに広がる。
「美味しい!」
「でしょ? ミートボールナポリタン。うちの店の看板商品なのよ」
「はい。香辛料のきいたミートボールがアクセントになっていて」
「カジュが色々と試行錯誤したメニューだからね。フォークでミートボールを潰してパスタと絡めて食べてみて」
「やってみます」
「ミートボールに味がしっかりついているからね。味変の役割もあるのよ」
「……美味しい!」
思わず漏れた称賛の言葉に、美羽さんがとろけるような笑みを浮かべた。
この表情だけで本当にカジュさんのことが好きなのだとわかる。
隣を見ると桜空さんも黙々と食べていた。
丁寧にミートボールを割りながら、味を調節して綺麗に口に運んでいる。ずいぶんと食べ慣れている様子だ。
表情に変化はないが、先ほどよりも雰囲気が柔らかい。
桜空さんもこのナポリタンが好きなのだろう。
「なんですか?」
「いや美味しいよね」
「カジュ兄はイタリア料理店でちゃんと修行したプロなので。どの料理もハズレはないですよ」
「そうなんだ」
桜空さんから素直な称賛が出た。
そして意味深な視線を美羽さんに送る。
「実はカジュ兄はドルチェも得意なんです。誰かさん気を惹くために、料理そっちのけで修行していたことありましたしから。ねえ美羽さん」
「桜空ちゃんも言うわね。私もそろそろ退散しますか。こっちはもう大丈夫でしょ。私は追い出す形になったカジュの機嫌も取らないといけないから」
ヒラヒラと手を振って美羽さんがカウンターの奥に入っていく。
痛痒に感じている様子はない。
引っ込んだのはカジュさんの名誉のためか。
カジュさんのドルチェ。イタリアのデザート作りは十中八九、美羽さんの気を惹くためにだったに違いない。
美羽さんがいなくなると、喫茶店内にはカウンター席に座る僕と桜空さん二人だけになった。
ナポリタンも食べ終えて、アイスコーヒーを飲みながら一段落。
こちらも美味しい。
コーヒーの味が濃い。それのに後味がすっきりしていてとても飲みやすい味だ。
喉を抜けても鼻の奥に残り続けるコーヒーが香りが甘い。
桜空さんはコーヒーに用意されていたミルクとシロップを多めに入れている。
即席のカフェオレの完成だ。
どうも桜空さんは甘党らしい。
「それでバイトってなんの話?」
「単刀直入に言いますとハル君」
「なに?」
「恋愛にはお金がかかります」
「……そうだね」
言われるまで気づかなかった。
恋愛と無縁だったからだろう。
「せっかくの疑似恋愛です。シミュレーションだからこそ二人で色々な場所に遊びに行きたい。テーマパーク、動物園、映画館、水族館、プラネタリウム。とりあえず定番は回ってみたい」
「……それだけ回るとかなりお金がかかるね」
入場料だけではない。交通費に食事代。それだけ遊び回れば数万円はいくだろう。
高校生に痛い出費だ。
「なにより重要かつお金がかかるのはショッピングです」
「ショッピング? なにか買いに行くの?」
「服です! デート用の! ハル君は自分のファッションセンスに自信がありますか? デートに着ていく服の準備ができていますか?」
「……ない」
二重の意味でない。
デートに着ていけるようなオシャレな服も持っていない。それに僕のファッションセンスは妹の秋葉お墨付きでダメダメだ。
「付き合いたて。デートの日。彼氏の服装がダサくて別れると決断する女性も多いとか」
「……グサリ」
「そこで私は考えました。当日に不満に思うくらいならば、最初から彼氏をコーディネートすればいい。彼氏のファッションセンスを自分色に染めてしまえ」
「染めてしまえ。まあ僕はファッションセンスに自信がないから楽でいいけど」
「けれど自分の服と彼氏の服まで用意していたら、いくらお金があっても足りません。だからといって彼氏に出費を強要すれば禍根が残る」
「僕も自分の服代くらいは出したいけど、デートのたびに出費が続くと難しい問題だね」
全身コーディネートにいくらかかるのか、やったことがない僕にはわからない。
ただちゃんとオシャレを意識すれば、一万円では済まないことは容易に想像できた。
彼女に言われるがまま服を買わされ続けたら、いずれ嫌になってくるに違いない。
「そこで私が考えたのがアルバイトです。しかも二人で同じ場所で、同じシフトで働けばなんか恋人イベントっぽくて一石二鳥です」
「なるほど。でもそんな都合よく二人共一気に雇う都合のいいアルバイト先なんかないよね。だからこの店ってこと? カジュさん達に迷惑かけてない?」
「……それがですね。ハル君」
桜空さんの声のトーンが一気に下がった。
なぜだろう。
こんな桜空さんをつい最近見た。
というか昨日見た。
図書準備室でお姉さんの紅葉さんについて話しているときだ。
つまり桜空さんのストレスモードだ。
「私がゴールデンウィークをどう過ごしていたかわかりますか?」
「えーと……友達と遊んでいた?」
「バイトです! この店で臨時のアルバイト! 四月からカジュ兄がこの店を継ぎました。両親がやっていたときは、二人で切り盛りできるぐらいに閑古鳥が鳴いていたんです。それなのにカジュ兄が引き継ぐと、急に大人気になりましてですね! カジュ兄と美羽さんの二人だけでは買い出しにも行けない! だからゴールデンウィークだけでもと頼まれまして! 気軽に引き受けたら連日フルタイムで大忙しですよ!」
「そ、それはご愁傷」
目の前の空っぽになったナポリタンのお皿とコーヒーを見る。
料理もコーヒーも凄く美味しい喫茶店だ。内装も高級感が漂っている。近くにあれば寄りたくなるだろう。
人気店になる理由もわからなくもない。
カジュさんと美羽さんの二人体制では店が回らないのは容易に想像できる。
桜空さんはそのとばっちりを受けたわけだ。
……本当にトラブル多いな柊家。
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