第6話 理屈で恋愛にアプローチするタイプ

 スマホの待ち受け画面を彼女の風呂上がりパジャマ姿にせよ。

 今日付き合うことになった疑似恋人から、そんな指令が届いたらあなたはどうしますか?


「ダメでしょ! 他の人に見られたら」


『ハル君は自分のスマホの中身を他の人に見せるのですか? 見せる相手がいるのですか?』


「……見せない。そんな相手もいない」


『ならやってください。疑似恋愛の一環です』


 どうもふざけているわけではなさそうだ。

 口調が少し硬い。

 もしかしたら桜空さんも自撮り写真を投稿するのは、恥ずかしかったのかもしれない。

 さっきまでの妙なテンションもそのせいか。

 どうもこれは拒否権がない可能性が高い。

 桜空さんは本気だ。


『恋愛とはなにか。私なりの考えですが、結局は脳の作用です。遠距離恋愛がなぜ破綻しやすいか。接触機会が少ないからです。脳内で相手を想起する回数が少ないから相手への関心が薄くなる』


「……脳の作用と想起する回数」


『芸能人などもそうですが、顔を見なくなると人間の脳は優先順位を下げます。逆に毎日顔を見る相手は優先順位が高くなる。それは脳が相手の顔を認識すると、海馬が刺激され、その人物に関する記憶を大脳皮質から引き出し更新するからです』


「つまり桜空さんの自撮り画像をスマホの待ち受けに設定すれば、僕が頻繁に目にすることになる。桜空さんのことを考えることが多くなり、恋愛していると錯覚しやすくなる。そんな解釈で合ってる?」


『そのとおりです。さすがハル君。全ては恋愛を疑似体験するためです』


 僕も桜空さんも互いに恋をしていない。

 恋愛感情を理解できていない。

 感情ベースでは動けない。

 だから恋愛を再現するために全て形から入る。

 恋人っぽい行動に理屈をつけていく。その通りにすれば恋愛感情がなくても、恋愛を体験できるはずだと信じている。

 それが桜空の提唱する疑似恋愛計画だ。


「もしかして僕も自撮りして投稿しないといけない?」


『ハル君はしなくていいです』


「……自撮りは嫌だったけど、あっさり否定されたら傷つくね」


 僕の写真はいらないと突き放された気分だ。

 もちろん僕の自撮り写真に需要があるとは思わないが。

 でも恋愛は相互努力ではなかったか。そんなモヤモヤが胸の中を渦巻く。

 けれど桜空さんの意図は、更に踏み込んだところにあった。


『ハル君の自撮り写真がいらないという意味ではありませんよ。男性脳と女性脳の違いです』


「性別の違いってこと?」


『そうです。古代男性の役割は狩猟でした。そのため男性脳はターゲットが明確な方がいい。だから私一人が写っているだけの自撮り写真の方が効果がある。脳が活性化するんです』


「獲物を追う的な感じか」


『対して女性の役割は家を守ることだった。集落の維持です。和を重んじます。だから女性脳には、共通の想い出を想起できるツーショット写真などの方が効果が高い』


「そういえば女の子ってよく友達との写真をよく撮っているね。そういう意味があったんだ」


 解説されたら納得できる話だった。

 桜空さんが僕の自撮り写真をスマホの待ち受けにしても効果は薄いのだろう。

 男性も群れるが共通目的のために集まることが多い。目的が優先だ。なにかをするために集まる。

 女性は最初から群れを維持することが優先。目的は後付でいい。集まるためになにかをする。

 ただ集まるにしても男女では意味が異なっている。

 もちろんただの傾向の問題で絶対ではないが。


『そんなわけでハル君。明日も予定を開けてくださいね』


「どうしたの急に?」


『察しが悪いですよ。明日、私のスマホの待ち受け用の写真撮影をします。放課後に近くの山に登って、街を一望できる背景をバックにツーショット写真を撮影しましょう』


「山に登って写真撮影? しかも明日の放課後!? いきなりの強行軍過ぎない?」


『山と言っても学校からの移動を含めて、登るのに一時間かからない展望台です。ベンチもあるし景色がいい。それなのに人があまり来ない穴場があるんです。私が一人になりたいときに行くお気に入りの場所ですよ』


 桜空さんの口調がとても楽しそうだ。

 本当に気に入っている場所なのだろう。

 そんな場所に僕を招待していいの?

 頭に浮かんだ疑問は声に出さなかった。恋愛を経験してみたいだけ。僕を好きなわけではない。それはわかっている。

 わかっているから楽しそうな桜空さんに水を差したくなかった。


『私の秘密の場所です。ハル君と共有する想い出にはぴったりですね』


「そっか。うん了解。明日もよろしくね」


『はい!』


 どうせ灰色の青春を過ごす予定だったのだ。

 僕の時間を桜空さん捧げるのも悪くはない。

 怠惰で楽しいだけのストレスフリーな日々も嫌いではなかった。

 ただなにを考えているのかわからない桜空さんに振り回される日々も悪くはなさそうだ。しばらくは疑似恋愛とやらを優先してみよう。


 そのあと僕は桜空さんのメガネばーじょんを待ち受けにした。

 真剣に悩んだ結果だ。

 悩みすぎてそのまま寝てた。日課だったソシャゲのログインも忘れて。


 こうして疑似恋愛計画の初日が終わりを告げる。

 たぶん最初から僕と桜空さんの想いは盛大にすれ違っていた。


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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 本日はここまで。

 明日からは毎日18時に1話ずつ投稿していきます。


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