第4話 末っ子文学少女の疑似恋愛計画
「そう言えばハル君は杉本君と仲いいんですよね。私のことをはなにか聞いてますか?」
「杉本から? 特になにも」
唐突な確認だった。
どうしてここに杉本が出てくるのだろうか。
そういえば以前杉本に柊さんの話題を振ったとき、微妙な顔をされたことがある。
まさか二人が特別な関係とか?
可能性に心がざわつくが。
「ハル君がなにも聞いていないなら、杉本君のことはどうでもいいんですけどね。同じ中学校出身なだけですし」
「……どうでもいい」
杞憂だった。
ここまでバッサリ切り捨てられるとは。
そんな柊さんの態度になぜか安堵する。
「中学時代の私は軽音部でした。ガールズバンドを組んで、文化祭でライブをしたこともありますよ」
「軽音部? 文芸部じゃなくて?」
「軽音部です。姉の影響ですけどね。家にギターもありましたし、弾き方の教本もありました。だから私も挑戦してみようと思いまして。ボーカロイド曲と好きですし」
「……ボカロ好きかぁ」
すでに崩れつつあるが僕が持っていた柊さんのイメージは文学少女だ。
だから中学時代の部活動が軽音部だったことは意外だが、お姉さんの影響なら納得できる。
自作の小説を真っ先に読またぐらいだ。
姉妹仲はいいのだろう。
「でも私は一度ライブしただけで満足しちゃったんですよね。歌、楽器演奏、ライブ。バンド活動は嫌いではない。けれど人前で演奏することに特別な感激はなかった。これは姉の夢であって私の夢ではないと悟ったんです。私には合わなかった」
「…………自分の夢ではない」
憧れて、実際にやってみて、満足する。
柊さんは一度の体験で自分の夢ではないと諦められたのだ。
少し羨ましい。
「私のバンド活動は中学時代で終了しました。そして高校受験を終えて、小説家という次の夢に歩みだしたんです」
「いいことだね」
「それなのに……それなのにあのバカ姉は! 私がバンド活動に興味を失ったことを根に持って! 私の作品をボロクソに酷評して!」
柊さんがわなわなと震えた。
正直に言えば、僕は柊さんのお姉さんの気持ちが理解できてしまった。
お姉さんは本当に柊さんが可愛いのだろう。
大事な妹が自分と同じバンド趣味を持ってくれた。嬉しかったに違いない。
同じ趣味というのは仲間意識を持ってしまうものだから。
ちょうど今の僕のように。
それなのに自分の知らないところで柊さんがあっさりバンドをやめていた。
しかも小説家という夢を見つけて、すでに執筆を始めている。
お姉さんからすれば素直に応援できない。
酷評の裏側はそんなところだろう。
うん……関わりたくない。
悪意による対立ではないところが面倒臭い。
だから黙って相槌を打つことで答えた。
「面白くないならまだいいですよ! 言うに事欠いて『おこちゃまの妄想すぎて痛々しい』とか! 『リアリティがないのよ』とか! 『恋愛経験ないのにラブソングは痛いだったかな。同じことが小説にも言えるわね』とかっ! 上から目線で煽ってくるし! 紅葉姉さんにも恋人がいたことないんですよ! 大学生にもなって!」
「…………恋愛経験ないのにラブソングは痛い」
聞き覚えのある酷評が流れ弾として僕にも突き刺さる
よくある皮肉なのかもしれないが、想像以上に神経を逆なでする内容だった。
柊さんのお姉さんの紅葉さん。
その紅葉さんにも恋人がいない。
もしかすると紅葉さんもバンド活動をしていて、同じような酷評を受けたのかもしれない。
だから口から飛び出してしまった。
だとすれば紅葉さんも恋愛にコンプレックスがある。
根が深い対立だ。
紅葉さんから謝るのも難しい。
ただ柊さんは愚痴を吐き出して、すっきりした様子だった。
「波乱万丈な春休みを終えて高校に入学。冷めやらぬ姉への怒りから、衝動的に興味のあった恋愛小説を百冊ほどリクエストしたのが四月のことです。さすがにゴールデンウィークも乗り越えれば私も冷静になってきました」
「それはよかったね」
いや……柊さん。
あなたは一ヶ月以上も怒り続けていたのか。
教室での大人びた態度は、怒りを表に出さないようにしていただけ。
クラスで一目置かれていた理由も、杉本含む同じ中学出身者が柊さんの不機嫌を察して避けていたから。
そんな可能性が浮上してきた。
なにかと察しのいいうちのクラスではありそうな話だ。
明日にでも杉本に確認してみよう。
そう考えて僕は油断していた。
嵐を無事やり過ごせたと安堵していたのだ。
柊さんがなぜ愚痴を吐き出す相手に僕を選んだのか考えずに。
本当の天変地異はまだ始まっていなかった。
「そんなわけでハル君。今日から私の恋人をお願いしますね」
「うん了解。柊さんの恋人ね。…………え?」
「恋人契約成立ですね」
「えっ……えっ!?」
「まさか即答で受け入れられるとは私も想定していませんでした。ハル君もなかなかやりますね」
「ちょっと待って恋人って」
「まさか告白を受け入れたのは空返事。前言撤回するとでも言うつもりですか。ハル君はそんな酷い男性ではないですよね?」
図星を突かれて言葉が詰まる。
妹とのやり取り。女性の怒りをよく知る僕は訓練されたイエスマンだ。柊さんの言葉が脳の思考に到達する前に了承してしまっていた。
全くの想定外だった。
そんな素振りは一切ない。
告白された今も断言できる。
僕は柊さんから異性として見られていない。
だから愛の告白なんてされるはずがない。
「うっ……いや……でも恋人? 柊さんは僕のことを別に好きではないよね」
「人間的に好きですよ。今日二人で一緒に作業してわかりました。一緒にいて変に緊張もしないし、私達はとても相性がいい」
「そうだね。それは僕も感じていた。今日は柊さんのことを色々と知れてよかったと思うよ」
「桜空。一応恋人関係なわけですし、名前呼びでお願いします。ハル君からすると自分の名字の読みなので、微妙かもしれませんが慣れてください」
有無を言わさない圧力があった。
どうも恋人の件は、柊さん改め桜空さんの中で確定事項らしい。
すでに言質を取られている。
覆すには桜空さんと絶縁する覚悟で拒絶するしかない。
でもそんなことはしたくない。
する勇気もない。
正直に言えば嫌な気もしていない。
僕も桜空さんのことが人間的に好きなのだろう。
接していて楽だった。
なんとなく相手の考え方に共感できる。
フィーリングが合う。
柊さんの言う通り相性がいいのだろう。
だからこそ困惑が酷い。
桜空さんのことがわかるからわからない。
このままでは埒が明かない。
単刀直入に聞き直す。
「桜空さんは僕のことを好きじゃないよね。恋愛的な意味で」
「悔しいかな姉の指摘通りですね。私は恋をしたことがない。今このときも」
「……だよね」
きっぱりとした否定の言葉。
予想通りの回答に落胆がないといえば嘘になるが、どこか安心もしていた。
恋をしたことがない。
今日一緒に過ごしていて気づいていたことが一つあった。
僕と柊さんの共通点。
一緒にいて気まずくない理由。すぐに打ち解けられたわけ。
僕と同じく柊さんも恋愛脳が育っていない。
だから急に恋人になりましょう。
そう言われても困惑しかなかった。
柊さんが僕のことを恋愛的な意味で好きかも、とは微塵も考えられなかったから。
「ハル君とは長く付き合うつもりですので、ちゃんと説明しますね。私の疑似恋愛計画を」
眼鏡をクイッと光らせて、柊桜空さんはキメ顔でそう言った。
まるで同性の友達に接するかのような気安さだ。
これは断じて色っぽい話ではない。
とりあえず話が長くなりそうだから新刊入荷作業を優先していい?
そんな提案をする度胸は僕にはなくて。
結局、この日の新刊入荷作業は下校時間ギリギリまでおこなわれた。
途中から怒り気味の司書教諭のお姉さんの監視つきだ。
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