第2話 あざと可愛い桜空さん

 図書室に着いたときから違和感はあった。


 僕たち以外の図書委員がいない。

 図書委員の仕事と聞いていたのに、誰も集まっている様子がない。それだけならクラス単位で割り振られた仕事と思えるだが。


 司書教諭のお姉さんの苦笑がとても印象的だった。

 しかも僕と柊さんを交互に見て、僕にだけ「君も大変ね」と告げてくる。

 極めつけは柊さんとお姉さんの会話だ。


「奥の準備室は自由に使っていいから」


「ありがとうございます」


「それにしても新年度早々に派手にやったものね。あなた新入生よね。よく図書委員の伝統を知っていたというか」


「兄と姉に教えてもらっていました。卒業生なので」


「なるほどね。まあ責任を取って作業してくれるなら、こちらとしては文句はないのだけど。でもここまで大規模に発注をかけたのはあなたが初めてよ」


「内容が怪しいものは入っていませんよ? 話題作や生徒が関心を持ちそうなものばかりです」


「チェックしたから知ってる。だからあの量のリクエストをそのまま通したのよ。棚を刷新するにはいい機会だし。私も気になっていた本があったから」


 派手にやった。図書委員の伝統。発注。リクエスト。

 断片的な情報ばかりで意味はわからない。わからないのに、柊さんがなにかしたことだけはわかった。

 本当に図書委員の仕事だろうか。

 頭の中でそんな疑惑を持ちながら図書準備室に入る。


 そして唖然とした。

 ……これは予想を超えて重労働だ。

 驚愕する僕を無視して、柊さんは革張りのソファーにカバンを置く。

 そして迷うことなくイスに座り、パソコンを起動させた。

 この図書準備室にとても慣れている様子だ。


「量も多いことですし、さっさと作業を開始しましょう。最初は納品物の確認からですね。私が納品リストを読み上げますので、ハル君は開封しながら確認してください」


「柊さん……ちょっといいかな?」


「どうかしましたか? ハサミならそちらの棚に入っていますよ。それとカバンはそちらのソファーに置いてください」


 僕が確認したい内容をわかっているのだろう。

 露骨に話題を逸らされた。

 僕は素直にカバンを置いて再度確認する。


「教えてくれてありがとう。でも、そうじゃなくて」


「冊数は多いので、あまり時間もないと思います。二人で頑張りましょう」


「……ずいぶんと詳しいね」


 柊さんも隠すつもりがないのだろう。

 デスクチェアをくるりと回転させて僕の方を向き直る。

 その顔は少し笑っていた。

 教室で見せない顔に少しドキリとする。

 僕が抱いていた柊さんのイメージにはない表情。

 悪戯に成功した子供みたいでどこか無邪気だ。


「単刀直入に聞くけど、これは本当に図書委員の仕事なの?」


「一応、図書委員の仕事ではありますよ」


「さっきの会話を聞く限り、柊さんが新刊の発注をかけたみたいに聞こえたけど」


「正確にはリクエストですね。うちの学校の図書委員の伝統です。近年スマホの普及で、利用率が低い図書室。生徒のリクエスト本なんてほとんどない。けれどそれでは流行りの本が入ってこない。図書室の存在価値が問われてしまう」


「だから図書委員がリクエストすると?」


「パソコンやスマホでタイトルと出版社を調べて、リクエストする。これってかなり手間ですからね。リクエストする人が少ないんです。さすがに年間のリクエスト数がゼロはまずい。そこで図書委員の出番です。図書委員のリクエストはよほどアダルトな本でなければ通るんですよ」


「……だからってこの量を一人でリクエストしたの?」


 言っていることはわかる。

 けれどさすがに物事には限度がある。

 僕はすぐ隣で威圧感を放つ本の山を指さした。

 台車に乗せられたままの本の山は百冊を超えるだろう。崩れないようにビニール紐でくくられたまま未開封の状態だ。

 これが全て作業対象ならば、柊さんは相当派手にやったらしい。


「入学前にムカつくことがありまして。……ムシャクシャしてやりました」


「ストレスで衝動買いするみたいな理由!?」


「リクエストは図書委員の伝統。けれどクエストした図書の納品作業をするのは、リクエストした図書委員であることもまた伝統。私はそのことを失念していた」


「だから僕を巻き込んだの!?」


 本好きだから発注した。

 そんな理由だと思っていたら予想外の答えが返ってきた。

 教室での柊さんとはキャラが違う。

 本の量よりも僕の心をかき乱すのはそちらの理由が大きい。


 柊さんってこういう人だったのか。

 でも僕はまだ柊さんを甘く見ていた。

 柊さんが眼鏡を外して、胸の前で両手の指を組む。

 その姿はまるで敬虔なシスターが神に祈りを捧げるようにも見えた。


「私もハル君に単刀直入に聞きます。ハル君は手伝ってくれないのですか?」


「うっ」


「このまま私を見捨てて帰るというのですか?」


「……それは」


「そうですよね。全ては私の自業自得。ハル君には関係ないですからね……くすん」


 たたみかけるような問いかけから、わざとらしい泣き真似。

 本当に誰だよこの柊さんは!

 教室でのキャラクターと違いすぎる。

 そして悔しいことに可愛い。あざといのに嫌味がない。強制せず罪悪感に訴えてくる。


「わかった! 手伝うからその露骨な演技はやめて。調子が狂うから!」


「そうですか? それにしてもハル君のその反応はうちの兄に似てますね。なんか意外です」


「……柊さんってお兄さんの前ではそんな感じなんだね」


「異性に物事を頼む方法は姉に習いました」


「ご兄妹仲が大変よろしいことで」


 どうも僕が思い描いていた大人びた柊さんは存在しないらしい。

 それは悪い意味ではない。

 親しみやすさを感じてしまった時点で負け。

 このときすでに僕は柊桜空さんの術中にハマっていたのだろう。

 柊さんに振り回される僕の未来が確定した瞬間だ。

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