疑似恋愛に本気になったらダメですか?~諦めた夢と彼女の嘘から始まる純愛ラブコメ~

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 灰色の青春少年は未読スルーしがち

 夢を諦めた僕はこのまま灰色の青春を歩むのだろう。


 努力が報われるとは限らない。

 成功して夢が叶うのは一握りの人たちだけだ。

 ほとんどの人は敗北者となる。

 それならば夢なんて抱かず、怠惰に過ごしてもいいではないか。


 いつもそんな言い訳ばかりしている。

 どうしようもなく青春というものに向いていない。

 充実した青春を送っている誰かを羨む気持ちもわかず、無気力に日々を過ごしている。

 だからクラス内のカップル誕生の速報も他人事のように受け入れていた。

 実際に他人事だし。


 今日はゴールデンウィークが明けた月曜日。

 つまり高校生活が始まって、すでに一ヶ月が経ったわけだ。

 青春街道まっしぐらな同世代は、このゴールデンウィークに新しいクラスメートとの親睦を深めて、色々なところに遊び回っていたらしい。


 インドアオタクな僕には無縁の話だ。

 ボカロ曲を漁ったり、アニメを見たり、動画配信を見たり、ゲームしたり。

 個人的には充実した日々だが、他人から見ればつまらない人間でしかない。

 佐倉常春さくらつねはるという名前なのだが、名付けた両親の意に歯向かい、青春とは縁もゆかりもない日々を過ごしている。

 反抗期さえ無気力なのが僕らしい。


 この時期になるとクラス内で、リア充と非リア充組の選別がなされる。

 今朝カップル第一号の誕生の速報が流れたことで、クラス内には浮ついた空気が流れていた。非リア充組は少し肩身が狭い。

 幸いなことに一年四組は和気あいあいとした当たりのクラスだ。

 イジメなどは起きる気配もなく、ギスギスしたやり取りもない。

 こんな僕でも話す友達はできたし、クラス連絡用のコミュに参加している。


 僕もクラスカップル第一号の速報に『おめでとう』とコメントを送る程度には空気を読んでいた。

 ただ次に続けとばかりに、視線が飛び交う男女の群れに混ざる気は起きない。観察していると意味深な視線もいくつかある。

 すでに隠れて交際しているカップルが何組かいるのだろう。そんな邪推をするだけで十分だ。

 夏を前にして我がクラスは青春の色に染まろうとしている。


 僕だって恋愛に関心はある。

 けれど自分から青春の輪に加わりたいとは思わない。

 心が動いてくれない。

 一目惚れという言葉があるが、一目惚れするには恋愛脳が必要がある。


 恋愛を司る脳の領域が活性化しているから、初対面の相手を好きになることができるのだ。

 一朝一夕一では恋愛脳は育たない。

 普段から自発的に異性と交流を持つ努力して、初めて恋愛脳が育っていく。

 恋愛脳が育っていなければ、異性に惚れることもない。当然自分からアプローチもしない。

 恋は始まらない。


 要は自ら動かないものに青春は訪れないわけだ。

 理屈では理解している。

 でも動けない。

 自分に自信がない。

 これも理由の一つだが、必要性を感じていないのもまた事実だ。


 夢を追いかけるのも、誰かと関わるのも楽しい。

 でも疲れてしまう。

 なにも考えず趣味に没頭しているのが一番楽だ。

 こんな風に青春に対する言い訳を終えて、今日も放課後を迎えた。

 部活動の始まりだ。

 僕は帰宅部だけど。


「じゃあ帰るね。杉本は陸上部頑張って」


「おう! ハルも部活動を頑張れよ」


「僕は帰宅部だって」


「家に帰るのが帰宅部の部活だろ。どんなイベントに巻き込まれるかもわからん。果たして無事に直帰できるのか?」


「お前は誰目線なんだよ。帰宅できないイベントなんて起きてたまるか」


 杉本に別れを告げてカバンを背負う。

 高校に入ってからできた友達だが、くだらない冗談が言い合える存在がいるのは救われている。

 今日はなにしようか。新刊の発売もないし、ソシャゲの期間限定イベントも完走済み。ログインボーナスをもらうぐらいだ。

 追っかけている配信者やVTuberの配信も今日はない。家に帰ってアニメを見ながら、いつものようにお気に入りのボカロのプレイリストを流すのだろう。


 無為な時間を過ごすだけの放課後。

 愛すべき日常だ。

 恋愛ごとで浮足立ったクラスメート。この放課後に告白イベントでも始まるのかもしれない。

 そんな空気を前にしても僕の足は止まらない。

 止まらない……はずだったのだが。


「ハル君。なにを普通に帰ろうとしているのかな?」


「柊さん!? えーと……なにかあったっけ?」


 僕の前に黒髪艷やかな美少女が立ち塞がった。

 背は男子平均ぐらい僕より頭一つ分低い。女子の中でも低めかもしれない。

 だが組んだ腕で寄せられた胸はスタイルの良さを主張していた。

 白い肌に整った顔立ち。

 フレームレスの眼鏡の向こう側でも存在感を放つ大きな瞳が特徴的だ。


 その瞳がジト目で僕を見ている。

 表情は変化に乏しく無の近い。

 でも視線だけで僕に呆れているのがわかった。

 同級生よりも大人びた雰囲気を漂わせる文学少女。

 クラスの中心で騒ぐわけではないが、成績優秀で男子からも女子からも一目置かれる存在だ。

 実は今日のカップル騒動で浮足立った男子から一番視線を集めていたのも、柊桜空ひいらぎさくらさんだった。

 

 杉本と同じく、柊さんとの出会いもこのクラスだ。

 つまり小学校と中学校も別。面識はないし、交流もしないし、話すことさえ稀なただのクラスメート。

 下の名前で呼ばれているのも深い意味はない。

 名前の読みが被っているからだ。佐倉と桜空。姓と名で違うが読みは同じ『さくら』だ。僕のことを名字で呼ぶと、柊さんの名前を呼ぶことになる。ややこしい。


 実は僕がクラスに早く馴染めたのは、柊さんのおかげだった。

 柊さんが自己紹介のときに僕との名前被りをネタにしてくれた。

 そのことがきっかけでクラスメートが僕のことを『ハル』と呼ぶようになり、一気にクラスに馴染めた経緯がある。


 一方的に恩義を感じている相手だが、柊さんの瞳にクラスのモブでしかない僕が映りこむはずがない。

 それなのに現在、教室の出入り口で見つめ合う立ち位置にいる。


 気づけばクラスの注目が僕らに集まっていた。

 放課後に誰かが告白イベントでも起こすのではないか。そんな勘ぐりが教室にまん延していた。

 まさか柊さんが僕に話しかけるなんて。

 完全にノーマークだった組み合わせにざわめきが起こっている。

 なにも状況がわからず戸惑う僕に、柊さんがわざとらしくため息をついた。


「……午前中からずっと未読だったから、気づいてないのかもとは思っていたけど。まさか本当に未読スルーされているとは」


「未読スルー?」


「図書委員の業務連絡です。今日は新刊の入荷作業があるので、放課後空けておいてください」


 僕は慌ててスマートフォンを開き、コミュを確認した。

 僕と柊さんにはクラスと名前以外にも共通点がある。同じ帰宅部で、図書委員に属しているのだ。

 だから四月の初め、クラスコミュとは別に二人だけの図書委員コミュを作成していた。

 でも仕事なんかめったになくて、今日に至るまで一度も活用されたことがない。言われるまでコミュの存在も忘れていたぐらいだ。


 そんな図書委員コミュに通知がついている。

 スマホをタップして確認すると、柊さんの言葉通りの内容が記載されている。

 クラスコミュはたまに確認していた。けれど今日は通知数が多く、途中からアプリの通知を無視していたのだ。

 気づかなかった理由はそれだろう。

 しかし、それは言い訳にしかならないわけで。


「ごめん柊さん! 今日は図書委員の仕事があったんだね」


「ご理解していただいたようでなにより」


 他のクラスメートにも聞こえるように大きな声で謝った。

 わざとだ。

 謝罪の意志はある。

 でもそれ以上にクラスメートからの注目をなくしたかった。

 過度な注目は日陰者につらい。

 別にイジメには発展しないだろうが、変な誤解でもされたら面倒だ。

 思惑通り、クラスメートの興味は霧散した。


 弱まる視線の圧力に安堵していると、教室から出ていこうとする杉本の姿が見えた。

 僕のことを笑っている。

 ほら事故った。言わんこっちゃない。そう言わんばかりの憎たらしい笑顔だ。

 どうせ『帰宅部の帰宅失敗』とでも思っているのだろう。

 明日の朝にでもネタにされそうだが、今は杉本のことはなんてどうでもいい。

 柊さんと向き合わなければ。


「コミュの通知に気づいていなくて。サボろうとしたわけではないから」


「わかっていますよ。ハル君の人柄は信用しています。ただコミュの通知をこまめに確認したほうがいいと思いますよ。今日のように連絡するかもしれませんから」


「はい」


「それでは一緒に図書室に向かいましょうか。少し待ってくださいね。私も帰り支度をしますので」


「……はい」


 帰宅しようとする僕を見て、慌てて呼び止めたのだろう。柊さんはカバンを持っていなかった。

 その事実に気まずさを覚えながら柊さんを待つ。

 新刊の入荷作業だったか。

 迷惑をかけた分は仕事で挽回するしかない。


「それでは行きましょう」


「うん」


 こうして僕たち二人並んで図書室に移動した。

 途中で会話もなく無言で向かう。

 不思議と気まずさがなかったのは、たぶん柊さんが嬉しそうだったから。

 そんなに図書委員の仕事が楽しみなのだろうか。


 僕の青春はまだ色彩を帯びていない。

 けれど僕はこの日の出来事を生涯忘れないだろう。

 ゴールデンウィークを終えた最初の月曜日。

 僕が柊桜空という少女と本当の意味で出会った日。

 燻っていた僕の青春は色づき始めた。


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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 初めましての方は初めまして。

 お久しぶりですの方はお久しぶりです。


 カクヨムコン9の長編ラブコメ部門応募作です。

 12/8 は一挙6話公開。

 翌日からは毎日18時に一話ずつ投稿されていきます。


 2023/12/15に電撃の新文芸から発売される

『引きこもりVTuberは伝えたい』

 は恋愛要素皆無のお仕事コメディでした。


 今作は作風も内容もガラっと変わって、青春純愛モノとなっております。

 お楽しみいただければ幸いです。


 応援や評価★お待ちしてます。

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