9 side サラリーマン ④

 顔を洗う。

 まだ目覚めない頭を動かしながら、出かける準備を進める。


 コップに少しのコーヒーを注ぎ、飲む。

苦みが頭に刺激を与えてくれた。



 正直に言うと、少し怖い。

 あの、最悪の雰囲気のまま終えてしまった昨日の職場に、今から向かうのだ。多少の尻込みは許してほしい。


 しかし、それは私だけではないはずだ。

他のメンバーも決して気持ちよく出勤はできないだろう。私だけ逃げるわけにもいかない。そもそも、その雰囲気を作ったのは私なのだ。


 私はシャツに袖を通し、準備を済ませて家を出た。


 足取りは決して軽くは無い。

 昨日、無心で買ってしまった大量の惣菜のせいだ、と自分に言い聞かせた。


 駅の階段は昨日と同じくらい長く感じた。



 会社に着き、自分の席に座る。まだ、出勤している人は多くない。


 昨日怒鳴ってしまった部下もまだ出勤していない。


 一瞬、このまま出勤しないのでは、と最悪の事態が頭によぎった。


 その時、近くの机に止まる影が見えた。顔を上げると部下が席に座ろうとしていた。

やはり、いつもの元気は無い。


 一瞬、ホッとした自分を認識したが、すぐにそんな気持ちは消えた。


_____こちらから声をかけるべきか、様子を少し見るか……。


 ふと、昨日の夜の出来事を思い出した。


_____自分の感情を処理するのに手一杯というのではないだろう。


 彼が一番、思い詰めているのだ。

 私が彼を、思い詰めさせてしまったのだ。


 まずは私から行かなくては、彼も口を開けはしないだろう。


「……えっと、おは」


「あの!」


 机がガタッと音を立てる。


「昨日は、本当にご迷惑をおかけしました!私のミスの謝罪だけでなく、その後のフォローまで全てやっていただき、本当に申し訳ありませんでした!」


「いや、えっとさ……」


「外から見ていることしかできませんでしたが、やっぱり課長は凄いと思います!これからも、たくさんご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします!」


_____周りの従業員が何事か、とこちらを見ている。


「は、あははは……。ふぅ、えっとさ、ちょっとコーヒー飲みに外行こうか。仕事前だけど、ゆっくり話そう」


「……はい!」





「それと、私も悪かった。ごめん」



 少し恥ずかしくて、そそくさと席を立つ。


「ロビー集合な」


「はい!」



 その足取りはいつもより軽かった。

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サラリーマンと野良になった猫 松本啓介 @guencock_wp

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