第20話

「それで、お前の頼みとはなんだ。」


 サンティロンを失脚させられるかもしれないと聞き、がぜん乗り気になった俺をドナテラが冷たい目でみつめる。


「お主というやつは…。まあいい、お主はあの首飾りのことをどう思う。」


「あの忌々しい首飾りのやつを俺がどう思っているかだと? そんなこと決まっているだろう。人のささやかな願いを捻じ曲げる最低最悪の勇者らしい道具だ。」


 ドナテラの問いかけは、俺にとって答えが決まりきったものだった。


 あの首飾りさえなければ暗殺が成功し、俺は枕を高くして眠れたものを。勇者を殺し、賄賂で私腹を肥やしたいというのはそれほどまでに贅沢な願いなのだろうか。


「そうか、そうじゃろうな。お主はあの首飾りのことが心底嫌いじゃろうな。だが、わしはすこし違った考えを持っておる。」


 俺は眉をもちあげた。あれほど心血を注いでいた教会への復讐を二度とできない体にされたのだから、当然ドナテラも首飾りを憎んでいると思っていたのだが。


「わしはな、あれは愛だと思うのじゃ。復讐心に囚われておったわしを際限のない憎悪の渦から救い出してくれる、暖かい情だと。」


 ドナテラがどこか達観したかのような、柔らかな表情で口を開く。その慈愛のこもった顔は、もはや俺の知るドナテラのものではなかった。


 背筋に冷たいものが走る。いったい目の前のこの女は誰なのだ。


「………ひゃう! いきなりなにをするのじゃ!」


 俺はおもわずドナテラの額に手をあてた。びくりと体を震わしたドナテラが慌てて飛びずさる。


 俺は手のひらに残る熱を自分の額のそれとくらべた。だが、どうもドナテラは熱を持っているというわけではないらしい。


 おかしい、あんな言葉をドナテラが正気で口にするはずはないというのに。


「お前、何者だ。俺の知っているドナテラは自分の復讐心に素直な立派な人間だったはずだ。断じてそのような妄言を口にする気色悪い女ではなかったぞ。この悪魔め、退散しろ!」


 気味が悪いことこの上ない。俺は神へ祈りを捧げながら、肩を掴んでドナテラを揺さぶる。きっと悪霊にでもとりつかれたに違いない。


「目を覚ませ、愛などというものは悪魔の口にする嘘だ! 本当の自分を思い出せ、復讐心に燃えていたあの健全なる精神を!」


「なぜじゃ、なぜわしが修道士に復讐を肯定されとるのじゃ? というかわしは正気だからその手を離せ!」


 俺から一歩後ずさったドナテラが手で俺を制する。


「とにかくわしの話を最後まで聞け。そもそもわしのことなどお主にはどうでもいいだろう。」


 むっ、確かにそれもそうだ。俺はドナテラの言葉に納得せざるを得なかった。


 目の前の女が本当にドナテラかどうかなどどうでもいい、俺は俺を利することができればいいわけだ。


 目の前のドナテラが本物かそうでないかなど些細な問題に過ぎない。


「話をさえぎってすまん、そのまま続けてくれ。」


 俺に話を促されたドナテラが、ため息まじりに口を開いた。


「簡単な話、わしはもう復讐はもうこりごりじゃ。こんなことを海神様もお褒めになられるとは思わんし、あの日死んでいった街の皆にも顔むけできん。」


「そんなことはどうでもいい。どうやったらサンティロンに汚名を着せられるんだ。」


 ドナテラがなにやら話し出したのを俺は遮る。もう俺はそんなことに興味はない、教皇座だけが今の関心事だ。


「………わかった、本題に入ろう。あと数日で魔王の腹心、アグランデレア様が自らの死者の軍団とともにこの聖都に攻め入る。わしはそれをとめたい。」


「ふむ、そうか。」


 アグランデレアの名は俺も知っている。死を司る大悪魔で、教会でも最も忌み嫌われている魔王軍のうちのひとりだ。


 軽く流した俺にドナテラが首を傾げる。


「なんだ、驚かんのか。アグランデレア様は教会では勇者によって深い傷を負い、地下深くに逃げ出したと伝わっていると聞くが。」


「教会は勇者が死んでからすぐに政争にかまけてろくに魔王軍の残党を始末してこなかったからな。300年も放置して魔王軍が未だ壊滅的だと考えるほうが能天気だ。」


 教会は基本的にケチだ。俺の父上などは時折派手に金をばら撒いて職人に仕事を与えるが、それは少数派だ。


 大多数がただひたすらに使わない金貨を貯めこみがる教会で、魔王軍の残党狩りなどという誰も賄賂を贈ってこないことに金を割こうとする奇特な教皇はついぞ現れていない。


 そういった仕事はほとんどが聖イグラネウス修道院に押しつけられる。だが、いくら聖イグラネウス修道院といえども世界中に手が回るわけではない。


 だから、修道院の人間にとってアグランデレアの復活は突然の災禍などではなくいずれ起きる必然の結末であったというだけのことだ。


「まぁ、そんな話はどうでもいい。とにかく、アグランデレアを止めるとは具体的になにを指し示している? まさか仲良くお話でもするわけじゃないだろうな。」


「あの勇者の首飾り、あれを借りたい。あれの力ならば、古の神のアグランデレア様のお心さえ揺り動かすことができるはずじゃ。」


「なるほど、洗脳するわけか。ならば問題はない、十分に実行可能だ。」


 やはり首飾りに頭をやられているとはいえドナテラはドナテラだ、きちんと現実をみている。ますますこの貴重な同志を失うのが惜しい。


 ドナテラは静かに目を伏せた。


「そうじゃな、洗脳じゃ。わしも首飾りの力で頭がおかしくなっとるのかもしれん、だがこれ以上あのお方が復讐に囚われるのは………。」


 葛藤するようにドナテラが首を振る。


 ドナテラがなにに悩んでいるかはしらんがあの首飾りを使うのが一番早くて手っ取り早いのは変わりがない。


「そうだな、俺にも話が読めてきたぞ。さしずめアグランデレアと内通していたことにでもして政敵を蹴落とせというのだろう。」


「そうじゃ、いくら教会が腐っておってもさすがに魔王軍を聖都に招き入れたとなれば失脚は免れん。いい取引じゃろう?」


 確かに、あれほどまでに権力を固めているロメンドレス卿を貶めるには魔王軍に寝返った裏切り者の称号ぐらいは必要だろう。


 渡りに船なドナテラの提案に、俺は深く頷いた。


「実に素晴らしい提案だ、断る理由もない。手伝わせてもらおう。」


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悪役大司教、自らの運命を悟り本気で勇者の命を狙う ~大司教になって私腹を肥やしたら勇者に殺されるそうなので先に殺そうとするも、いつのまにか聖者と呼ばれるようになったのはなぜなのか~ 雨雲ばいう @amagumo_baiu

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