第19話

 ロメンドレス卿との一件で、俺は完全に敵だとみなされたようだった。毎日のように暗殺者やら呪いやら毒やらが俺の手もとに届けられる。


「ふむ、朝からご苦労なことだ。」


 起床と同時、殴りかかってきた不審者の心臓をえぐる。血しぶきで服もベッドも真っ赤に染め上げられた。


 死体を押しのけながら起き上がった俺は昨晩にはなかったはずの机の上の水さしの中身を窓から外に捨ててみる。


 見事に整えられた庭の草木があっという間にしおれ、枯れ果ててしまった。


「見事な毒だ、高級品だな。ミレンへの土産にするか。」


 水さしを片手に俺は自室をあとにする。入れ替わりに怪しげな風貌の女がなにも言わずに入っていった。


 もうロメンドレス卿は暗殺を企んでいることを隠す気はさらさらないらしい。


 そのほうが俺も気楽でいいのだが、もうすこし質の良い刺客はいないのか。後始末に追われる俺の気持ちを汲んでくれるとありがたいのだが。


「で、なんでここ最近は朝から血塗れなのさ。」


「あまりにも予期せぬ客人が多くてな、もう服を着替えるのは諦めたのだ。ほら、これを飲んでみろ。」


 朝の講義室で話しかけてきたミレンに実に自然な流れで俺は水さしを手渡す。


「なにこれ?」


 首を傾げながらミレンが受け取った瞬間、腰にさされた聖剣がものすごい勢いで鞘から飛び出して水さしを粉砕する。


 まあ、どうせ失敗するとわかっていたからこそ人目のあるのも気にせず講義室で手渡したのだが。


「わっ、どうしていきなり暴れだすんだ! 大人しくしなさい!」


 未だ俺を威嚇するようにガタガタと震える聖剣を睨みつけた俺は、サンティロンをどうやって蹴落とすべきかしばし思索にふけった。


 なんだかんだいって現状で聖都の聖職者の風見鶏どもに誰が教皇になりそうか尋ねてみれば、十中八九サンティロンの名があがるだろう。


 背後につくロメンドレス卿一派の隠然たる権力もさることながら、サンティロン自身が神学校で優秀な成績をおさめているのが大きい。


 もちろん俺が神学校に来てからは成績においてサンティロンに一度たりとも負けたことはないが、シャノンはそうもいかない。


 このままサンティロンが教皇座を手に入れてしまったら俺はシャノンと一緒に仲良く磔台行きだ。


 シャノンに誰がみてもわかるような明白な偉業を成し遂げさせるか、それともサンティロンの名を地に落とすような悪評を振りまく必要がある。


 黄金色の菓子をあちこちに届けるのも大切だが、決定的ななにかが必要だった。




「……もう、限界………。」


 彫像を押すシャノンの動きが止まったかと思うと、その場に倒れこむ。横になったまま荒い息を整えているシャノンを俺は呆れたようにみつめた。


「まったく、たかだがすこし丘を越えるだけでへたるとは、まだまだ金のことを信じ切れていないようだな。」


「あたし……ミレン……みたいな………化け物………じゃない……。」


 恨めしげなシャノンの視線に俺は鼻を鳴らす。当然だろう、この世に俺以上に金を愛しているものなどいるはずがないからな。


 だが、それにしても最低限の信仰心さえあればこの程度なんなくこなしてしまうはずだ。やはり金への愛が足りていないのだろう。


「そんな……無茶な………。」


 シャノンの瞳から光が消える。だが奮い立つように起きあがったシャノンは再び彫像を押し始めた。


 ほんのわずかずつだが確実に前へと進んでいくシャノンを俺は遠巻きにみつめる。やがてその姿がもうひとつの丘を越えて見えなくなったとき、口を開いた。


「で、かつての同志がいったいなんの用だ。勇者の暗殺に再び参加したいというのならば歓迎するが、そうではないのだろう?」


 俺の足もとで不自然に水たまりが泡立つ。そのままひとりの人間の形をいつものようにかたどり始めた。


「そうじゃな、壮健でなによりといったところか。あの少女はお主の推す教皇候補といったところか?」


「ああ、そうだ。商人の血でのけ者にされてきたからか、気が小さい。教皇座についた後もいろいろと操れると踏んだ。」


 そばにいきなり現れたドナテラに俺は眉をもちあげる。勇者暗殺を諦めたというのならいったいなにが目的だ、世間話をしに来たわけでもなかろうに。


「それはあの小娘も大変じゃな。お主みたいな変人が味方とは………。」


「変人ではない、金への愛を隠すことをやめた正直者というだけだ。」


 ドナテラが憐みの情感たっぷりにシャノンをみつめる。あきらかにそこにはかつて存在しなかったはずの教会の信徒に対する慈愛があった。


「なんだ、お前。教会とその信者どもはお前にとって不俱戴天の仇じゃなかったのか?」


「今のわしはあの首飾りに腑抜けにされたただの過去の遺物じゃよ。もはやあの憎たらしい大聖堂をみてもなんも感じなくなってしももうた。」


 ドナテラが自嘲気味に笑みを浮かべる。


 俺がもし金貨の山をみてもまったく心を動かされなくなったのならどうだろう。そう思い浮かべて俺はゾッとした。酷い悪夢だ。


「そして、そんな自分を悪くないと思うてしもうとる。もう魔女のドナテラは死んだのじゃ。」


「そうか、ならもう話は終わりだ。勇者暗殺の志を共にしていないのなら、俺はお前とこれ以上会話を続ける意義を見出せん。」


 どうやらドナテラはもう首飾りの呪縛から逃れようとも思っていないらしい。それはそれで勝手にすればよいが、俺には興味がない。


 ドナテラを追い払うように俺は手を払う。だが、ドナテラはいっこうに去る素振りを見せなかった。


「なんだ、にえきらんな。さっさと用件を言えばいいだろう。」


「実は頼みがあってここまできた。」


 俺が急かし立てると、ドナテラがようやくその重い口を開く。


「頼みだと? 俺の信条を理解しているのならわかると思うが、ただでは引き受けんぞ。」


「分かっておるわ、見返りは考えておる。」


「……ほう。」


 やはりドナテラだ、腐っても俺が選んだ暗殺仲間だけのことはある。話のわかるドナテラに感心しながら、俺は耳を傾けた。


「うまくいけば、あのシャノンとかいう小娘に魔王軍幹部討伐の誉れをあげさせ、敵対候補に内通の汚名を着せられるかもしれん。」


 まさに渡りに船のドナテラの言葉に、俺は一瞬あっけにとられる。やはり俺の悪運は底知れんな、富が俺を呼んでいるのだ。


「クッ、ハハハハハハッ!」


「ど、どうしたのじゃ。いきなり鳥肌のたつような笑い声をあげよってからに。」


「いやなに、俺は神に愛されていると思ってな。」


 勇者の暗殺に失敗した以上ドナテラは使い物にならんと思っていたが、いやいやどうして面白い話を持って来るではないか。


 ちょうど蹴落としたい敵に心当たりのあった俺は口の端を持ち上げた。


「いいだろう、その話詳しく聞かせるがいい。」

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