第3話 祝福と宿業

 冒険者の多くは魔法や戦闘技術の他に、ギフトやカルマと呼ばれる特殊能力を持っている。


 神より賜るとされる、その人物の未来の暗示であるギフト。

 ギフトの代償として必ず修得する、その人物の魂を暗示すると謂われるカルマ。


 自然の摂理や常識に囚われない強力なギフトや、己の本質を暗示するカルマを秘密にしている者は少なくない。

 今回、ヴォルフラムのパーティに起こった出来事は、アルベルトとヴォルフラムが秘匿ひとくしている能力が大きく関係していた。


「アルベルト・バーデンの秘匿しているギフトは《影より支配する者》です」


 店の奥にある個室でテオは訥々とつとつと語りだす。

 木製の床に赤い絨毯が敷かれた個室には、黒檀こくたんで出来た小さなバーカウンターが備えられていた。唯一の喫煙が許された席であり、部屋代を上乗せすることで利用できるVIPルームでもある。もっぱら人に聞かれてはまずい話題を舌に乗せるため、活用されていた。


 今、この部屋にはテオと、もう1人の客しかいない。


「これは自分が配下と認める人間の能力を底上げするものです。そしてその代わりに配下から経験値を半分徴収します。これをパーティメンバーに秘匿して使っているんだから、あの青年はとっても良い性格をしていますよ。対して、ヴォルフラム・ツァーベルのカルマは《付き従うもの》。これは主人に設定した人物の半径50メートル以内であれば、自身の身体能力を大きく向上されます。代わりに得た経験値の半分を主人に献上するカルマです。彼はどういう訳か、アルベルト・バーデンを主人としていました。……相性が良いんだか悪いんだか。冒険者になったタイミングが同じ2人、それも前衛職と後衛職のレベル差が完全に逆転し、なおかつ40以上の差が出ているのはそのためです。こんなギフトとカルマでパーティなんて組んでたら、いくら戦ってもヴォルフラム・ツァーベルは成長なんてしないですよ」


 体の成長速度にまで影響するのが、ギフトやカルマの恐ろしい所だ。


 小さなバーカウンターを挟んで彼女の話を聞いている客は、ふんふんと頷きながらメモを取っていた。猫のような耳をした金髪の女性だ。使い古したよれよれのパーカーを羽織り、傍らにはトレードマークのキャスケット帽を置いている。


「なるほどにゃあ、落伍者らくごしゃヴォルフラム・ツァーベルと最新気鋭の冒険家アルベルト・バーデンの間にはそんなカラクリがあったのかにゃ」


 リーヌスと名乗るこの女性は、テオが終業を迎える頃にやって来る、6番街を根城にしている新聞屋だ。無表情を常としているテオにとっては、数少ない友人でもある。


 彼女は週に1度発行される島の情報誌『トワイライト・タイムズ』の編集者であり、島のありとあらゆる情報を売り買いする情報屋であった。目立つ金髪と猫のような耳をキャスケット帽の中に隠して、路地やら屋根やらを駆け回っては他人の秘密を蒐集しゅうしゅうしている。


「ヴォルフラムのギフトは《深淵の獣》だったかにゃ。獣化の進行具合で能力が上昇していく『獣憑き』によくあるギフトだにゃ」

「彼自身の能力値はそれほど前衛職向きではなかったですけどね。魔力が恐ろしく高かったので、魔法使いとしての方が大成できそうです」

「見るからに脳筋っぽいから、頭使う職業ジョブは無理じゃにゃ~かな……アルベルトのカルマはどうにゃ?」

「《いずれ魔人に至るもの》です」

「そりゃあ、公言しないにゃあ」


 リーヌスは「厄ネタにゃ」とメモ帳の一部を丸で囲む。


「……それにしても、テオのギフトは便利だにゃあ」


 テオのギフト《天の調色板》は、見た事のあるギフト及びカルマを3つまでストックし、自由に使う事のできるギフトだ。


「この《鑑定眼》は便利ですよ。飯の種になりますしね」


 テオがここまで仔細しさいに他人の能力値を語ることができたのは、この《鑑定眼》によるものだ。彼女には文字通り彼らの能力が目に見えていた。


 島民の8割が冒険者という特異な人口構成をしたズィーリオスだからこそ発展したものなのだが、この島では冒険者の能力を数値化して測る技術が早いうちに完成していた。数値変動の法則を研究し、経験値やレベルという概念に置き換えることによって、冒険者の実力をある程度、数字で判別できるようにした革新的な技術。どの冒険者ギルドにも、能力値を計測し、紙に印字する魔法道具が常設されている。


 この技術を作った人物が持っていたギフトこそ、この《鑑定眼》である。


 テオは酒場のバイトの他に、この《鑑定眼》を駆使して、情報を売るなどをして稼いでいる。売れない画家は何かと物入りだった。


「情報源については極秘でお願いしますよ。特にカルマの情報は個人情報も良い所なんですから扱いは慎重に。面倒事はごめんです」

「わかってるにゃ。知っている人が少ないからこそ、情報っていうものは価値があがるのにゃ。せっかくの商品を粗末に扱ったりはしないのにゃあ」

「なら、いいんですけどね」


 テオは掌を差し出す。きょとんとした顔を作ったリーヌスはその上に自分の手を重ねた。


「お金ですよ。お金」


 ぺい、とその手は叩き落とされる。

 じとりと睨みつけてくる緑の目に「そんな怖い顔しにゃあで」と緩く笑ってから、リーヌスは銀貨を3枚手渡した。テオは表情を変えぬまま、懐の巾着袋に銀貨を収める。


「そういえば、ヴォルフラムの奴は結構な無茶をしてるらしいにゃ」

「へえ、そうなんですか」


 唐突に話を振られてつい気のない返事が出た。

 仕事の話を終えたリーヌスは、時折こうして世間話のような形でダンジョンの近況を話すことがある。その多くはテオにとって興味のある話題ではない事が多いが、金に換算できない情報料の帳尻を合わせているのだと言うので、遮らず聞くようにしていた。


「もともとヴォルフラムのパーティは50層まで到達していたからにゃ、そこまではゴンドラが使えるのにゃ」

「ええ」


 ゴンドラ、というのはダンジョンのショートカットシステムの事だ。

 昔、ズィーリオスにいた魔法使いが考案したもので、ドーナツ型ダンジョンの地形を利用し、奈落と呼ばれる中央の穴の部分に、魔法で動く昇降機をとりつけてあるのだ。それは現在200層まで利用できる。

 ダンジョンは地下に潜るほどに出てくる魔法生物の強さも上がる。そのため、ゴンドラは利用者が到達した事のある層にしか降りることが出来ないように設定されていた。


 ただ裏を返せば、どんな形でも到達していれば、次はその層から始められるという事だ。

 強いパーティの腰巾着であろうと、離散した大型パーティの1人だろうと、当時と同じ階層からダンジョンに潜ることができる。


「ヴォルフラム・ツァーベルはたった1人で50層から?」

「そうにゃ」


 なんて無茶を、とテオは顔をしかめた。

 ダンジョンの攻略は単独では難しいとされている。特に30層からは複数人で挑まないと攻略は不可能だとすら言われていた。


「どうやらそうらしいにゃ。流石に『青の方舟』のマスターも無茶が過ぎるって止めたみたいなんだけどにゃあ」

「……聞く耳を持つ子には見えませんでしたしね」

「よほどアルベルトに追い抜かれたのが腹に据えかねているようにゃ……うーん、男同士の因縁ってやつなのか?」


 まったく理解のできぬ話だと、リーヌスは呆れたように首を振る。


「結局、言う事は聞かないし、揉め事は起こすしでギルドも脱退させられたみたいだにゃ。『青の方舟』は島で1番大きなギルドではあるけど、その分保守的というか、事務的っていうか、問題児に冷たい所があるにゃん」

「ああ、ギルドメンバーの死亡は年末の査定に響きますものね」

「死亡率を下げるための査定項目なのに、これじゃあ本末転倒にゃ!」


 眦を釣り上げて憤慨するリーヌスに桃色のカクテルが入ったグラスを差し出すと、彼女は怒りにまかせたかのように一気に飲み干した。ごくごくと喉を鳴らし、ぷはーっと甘い吐息を吐く。


「ずいぶん気にかけているようですね」

「そういうわけじゃにゃ~が、私のような『獣憑き』は少ないからにゃあ……ちょっとばかし、気にかけてやってるだけにゃよ。ま、あの一匹狼……じゃなくて一匹わんちゃんには、ヒトの親切ってやつがわからんみたいだけどにゃ」


 リーヌスが言うには、ヴォルフラムは9番街のスラムに居を移したらしい。

 冒険者にはギルドごとに専用の宿舎があるが、ギルドメンバーでないと利用できないので、『青の方舟』を脱退した彼が住処を失うのは自然なことだ。リーヌスはそんな彼に「新聞屋の宿舎に来ないか」と声をかけたらしいが、顔をしかめながら断られたという。


「まあ、あなた胡散臭いですからね」


 彼の気持ちはわからなくないです、と頷くテオに、リーヌスは不満げな声をあげた。

「そんにゃあ、親切心しかないのにあんまりにゃ~! 『獣憑き』は就職先も少にゃ~し、人のいる町で生きていくのは難しいのにゃ」


 彼女の言う『獣憑き』、というのはヴォルフラムやリーヌスのように、動物のような身体的特徴を持つ者を指す。

 これは彼らが生まれつき持つギフトによるもので、ただ1つとして同じものがないという。『獣憑き』と一纏ひとまとめにされるこのギフトは、その能力自体も、付随するカルマも癖が強いことで知られていた。


(たしかリーヌスのギフトは《自由の獣》でしたか。――これは、拘束系魔法や自分にかかる状態異常を自動で無効化できる能力。これに付随するカルマは《根なし草》――同じ拠点に8時間以上滞在できないという制限がある代わり、拠点への瞬間移動を行うことができる)


 これによって彼女は常に2か所以上の拠点を持たなくてはならず、「家賃が2倍なのにゃ……」と良く泣き言を言っている。その上、日中夜間問わず時間の制限に縛られた生活は、彼女に満足な睡眠を取ることを許さなかった。いつだって目元にはうっすらと隈が浮かんでいる。


 そうでなくても、『獣憑き』は人売りに狙われやすいため、面倒事の種になりかねない彼らを、雇用主はあまり雇いたがらない。実力が物を言う冒険者か、リーヌスのように裏社会で生きていくのがほとんどだった。『獣憑き』は年々数を減らしている。今まで『獣憑き』ということで苦労してきた彼女が、同じ境遇にあるヴォルフラムを気に掛けるのは自然なことであるような気がした。


(まあ、彼がどうなろうと僕には関係のない話ですけど)


 空いたグラスを引き取って、代わりのグラスを差し出した。オレンジ色のカクテルが泡立つトールグラスに、ミントを添えたものだ。酔いが回ってきたらしいリーヌスは、小さな口でついばむようにして飲む。


「そんなつれない男の事なんて忘れてしまいなさい」

「テオは冷たいにゃ、無情だにゃあ」

「しがない一般人の僕には関係のない話ですからね」

「なんて友達がいのない奴にゃ……」


 ぐずぐずに酔っぱらい始めたリーヌスを宥めながら、テオは表情を崩さずに壁の掛け時計を眺める。晩御飯は何にしようかな、なんて考えながら。

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