00000101

ようやくたどりついた。



私が最初に植えた、大きな木。

多分、世界で一番大きな木。


それは、大きな大きな根の部分だけを汚泥の中に残して、消えていた。


戦火に巻き込まれて焼け焦げてしまったのか。

工場を動かすための燃料のために切り倒されてしまったのか。

もう分からないけれど。


それでも、確かにここに木が生えていたという、跡だけはあった。



私は、もはや泣くこともできなくて。

ただただ、黙々と、あのひとの眠る場所を探した。


汚泥の中に手を入れて探り続けて。

そして、ようやくあなたの墓碑を見つける。


少しだけ躊躇ったものの、私はあなたのお墓を掘るようにして、あなたの遺体を探す。

どうせもう、ここには私しか居ないのだから。


あなたのお墓を掃除してくれる人も。

あなたの死を悼んでくれる人も、もう残っていないのだから。


それに、あなたのところに行くなら、隣で眠るようにして過ごそうと思った。

きっとそれなら、私もあなたのところに行けると思った。


ただそれだけの、理由だったけれど。



「……ああ」


そういえば、あなたは言っていた。

私が来た時に、あなたの場所がすぐに分かるようにしておく、と。


あなたは、賢い人だから。

私を置いて先に逝ってしまうことを、解っていたから。



「ああ」


もう骨だけになった、あなた。


その腕は、一抱えほどもある瓶を抱きかかえている。

瓶の中にあるのは。


土と、種。


野苺ワイルドベリーの種。

そして、土。



もう何年も。

何十年も。

何百年も。


見つけることができなかった。


汚泥ではない



「ああ」


あなたは、賢い人だけど。


それでも、未来こんなことを予想していたわけじゃあないのでしょう。

こんな真っ黒な世界を思ってこうしたわけじゃあないのでしょう。


きっと、お墓を訪れた私が、野苺に覆われたあなたのお墓を見て、驚くと思ったのでしょう。


あなたは遺言か何かで、埋葬されるときにきっと、自分と一緒に土と種を埋めてくれるように頼んだのでしょう。


ただ、墓守があなたのお墓が野苺で荒らされるのを嫌がって。

遺言に従いつつも、野苺が生えないように、こんなことをしたんじゃあないかな、と思ったけれど。


あなたの腕の中にある瓶の、土に。

そっと、私は。



苗を、植える。



「ああ」



綺麗な土が、拡がる。



色のない世界に、緑の色が芽吹く。

私が植えた苗と、野苺の芽。


空を見上げれば、僅かにここだけ、青の色が姿を見せる。


あなたは、土に還る。


あなたの骨も墓碑も、大地に至る。



「ああ、ああ、ああああああああああ」


枯れていたはずの涙がボロボロと零れ出る。


このまま、膨れ上がった感情のまま、何もかもを諦めてしまおうと思ったのに。


あなたの元に、行きたかったのに。



真新しくて美しい土地に手をつく。

跪くようにして、嗚咽する。


そうして私は、手を土地に叩きつける。

何度も何度も。



出来てしまった。

見失っていた意味を、見つけてしまった。


あなたとの間に、子はいないけれど。

あなたが残したものが、こうしてあるのだもの。

あなたが遺してくれたものが、こうしてあるのだもの。


あなたたちはこうして、今もここにあるのだもの。



私は呪いをかけられてしまったのだ。


私はもう、諦めることすらできなくなってしまった。

意味を見つけてしまったのだから。


私がやってきたことは。

あなたと出会ったことは。


人間たちと出会ったことは。


決して無駄じゃあなかったんだから。


次に繋がっているんだから。


まだ終わってはいないんだから。



私は泣きながら、立ち上がる。


心を震わせて。

身体を奮い立たせて。


真っ黒な汚泥の沼と灰色の世界へ、宣告する。



緑と青を取り戻していくことを。


それが果てしないことだとしても。



絶対に助けるんだ。


世界を救ってみせるんだ。



きっと、生き残っている、誰かを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る