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汚泥の中を、私は一人で歩いていた。


いつ頃からこうして歩き続けているのか、もう分からない。


一緒に暮らしていた動物たちの最後の一匹が死んでしまったときだったかもしれない。

海の水位が上がって、大地がすべて黒い泥に飲み込まれてしまった時だったかもしれない。


今となってはもう、思い出す意味もないけれど。


忘れそうなほど昔の話なのだから。



そしてどれだけ歩いても。

どこまで歩いて行っても。


汚泥に覆われた世界がずっと続いているだけで。

空は鈍く灰色に覆われていて。


綺麗な土も、豊かな緑も、清らかな青も。

もう、どこにも残っていなかった。


ただただ、どこまでも。

色のない世界が前にも後ろにも、ずっと、ずっと続いているだけだった。



私は、汚泥の中で立ち止まる。

目を閉じて手を合わせて、ゆっくりと広げる。



「苗を産み出す能力」


手の中に、芽を出した苗木が表れる。


そしてそれを、私は地面に植えてみたけれど。

見る見る間に萎れていってしまった苗木は、泥沼の中に沈んでいった。


「ここも、ダメ」


日が明けるたびに試していた。

それでも、結果はいつも同じ。


この汚泥の中では、私が生み出した苗ですら、育つことは叶わない。


そして、苗を植えたときに付随していた、綺麗な土地を作り出すこともできない。



もしこの世界が、もう一片の土すら残さずに。

全て汚泥に沈んでしまっているのであれば。


私は何もできない。


助けることも、救うこともできない。

何度となく行ってきた、苗を植えることすらもできはしない。


私は、もう、何もできない。

何一つできることは、ない。



もはや私には、価値も、意味も、ない。



ずぶずぶ、と音を立てて歩き続ける。


ああ。


病も毒にも犯されない身体が、恨めしい。

あまりに長い命を持った身体が、憎らしい。



餓えて死ぬことができない。


もとより、このような状況ではまともな食糧なんて手に入らないけれど。

私は汚泥を食べ、汚水を啜ることで生きることができてしまう。


我慢しようとしても、飢えてしまえば口にしてしまう。

吐き戻しても、飢えてしまえば堪え切れずに汚泥を再び口にしてしまうのだ。



病気にもならない。


動物のように、植物のように、人間のように。

毒におかされる権利すら私にはない。



寿命で死ぬのは、いったいいつになるのだろう。



私は、いつまで歩き続ければいいのだろう。


どこまで行けばいいんだろう。


何をすればいいんだろう。



私は、何のためにこうしているんだろう。



もう何度考えたのか分からないほどの自問自答を続けて。


ひどく、疲れた。

疲れ切ってしまった。



私は、ふと思った。


いえ。

私は、心に決めたのだ。



あなたのところに、行きたい。

ずっと昔に、死んでしまった、あなたのところに。


もう、私の意味すらも無くなったんだから。

ただただ、それだけを願った。



そう決めた私は、ゆっくりと立ち上がる。


私が、最初に植えた木。


まるですべての木の王のように。

巨大で、太く育った木。


あの木の下で、あなたは眠っているのだから。


どうか、そばに居させてほしいと思った。

そこに行けば、同じところに行けるのだと思った。



けれど、遠くを見渡そうとしても、濃霧スモッグが邪魔で見渡せなくて。



私は再び、あてどもなく歩き始めた。

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