18370501
その根元にあるお墓に、あなたが眠るようになって。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
日記はずっとつけているから。
数字としてどれだけの日数を重ねたのかは、分かっている。
それでも、どうにも実感がないというか。
あなたが側にいた時間が、つい先ほどまで流れていたような気がしてならないの。
ただ、私がどれだけ、そんな感傷に浸っていても。
優しい記憶が時間を弔っているのだとしても。
世界は、進む。
人間は、どんどん、先へと進んでいく。
私は森の奥へ奥へと向かっていた。
病気になってしまった雲雀を肩にとめ、毒に侵されないように手の中に女王蜂を隠して。
鹿や猪といった動物たちと一緒に、森の奥へ。
人間たちの集落は、日に日に大きくなっていった。
森の中に家を建てても、すぐにその場所まで開拓の手が入る。
もう、人間の近くで観察を続けながら生活する、ということは難しいみたい。
森の木もどんどんと切り倒されている。
今は植林もしていないようだった。
代わりに、整地した場所にはたくさんの住居や、大きな建物がたくさん作られている。
それだけの住居が必要なほどに、人間の数が沢山増えていることも驚いたけれど。
それよりも目を引いたものがある。
たくさん建てられた大きな建物。
すごく大きいのに、あちこちにたくさん建てられたそれには、沢山の煙突がついていた。
もうずっと、もうもうと煙を吐き出し続けている。
私が炉で土器を焼いたり、竹で炭を作ったり、お風呂を入れたりするのにも煙は出ていたけれど。
それとは比較にならないくらいに、もうもうと。
そして、川や水辺に、汚い水がごぼごぼと垂れ流され続けている。
すべての建物で、そうなっているのだ。
そしてその煙の色は。
真っ黒で。
川や水辺に流される水の色は。
真っ黒で。
私は平気だけれど。
私は病気にならないけれど。
動物たちはそうはいかない。
植物もそうはいかない。
それは人間も例外じゃあなくて。
動物たちも、人間たちも、みんな。
伐採もされていない集落の近くの木々は、まだ若木でも立ったまま枯死してしまっていて。
人間の住む都市の近くにいた動物たちは、今まで見たこともない病気にかかってしまっていた。
それに時折、森に向かって人間が歩いてくることがあったけれど、彼らは皆病気にかかっていた。
動物たちも、人間たちも、みんな。
病気で動けなくなった人間が、集落の外に出て、森の中で倒れていることが何度も何度もあった。
今思えば、追い出されたのかもしれない。
働けなくなった病気の人を世話しきれなくなって。
私はそういった人間を見るに見かねて。
手が届くだけの人たちは、家に連れて看病していた。
私はできる限りの手を尽くして、彼らを治療としたけれど。
それでも、誰一人も助けることはできなかった。
誰一人として助けられなかった。
歩いていた途中で、立ち止まって、振り返る。
人間の都市の真ん中にある大きな木のある方角を見る。
あの木の下には墓地があって、あなたはそこで眠っている、と聞いていた。
でも空気が淀んでしまって、私が今いる場所から、人間のいる場所を確認することはもうできなくなっていた。
……あなたは、私を残して逝くことを分かっていたから。
自分が眠る場所を訪れるとき、分かるようにしておくと言っていたけれど。
結局一度も行けずじまいだった。
胸に刺されたような痛みが走る。
頭を振って、空を見る。
そこに広がっているのは、ずっと見慣れた、空色の空ではなくて。
黒い煙に覆われて。
酷く淀んだ空気に包まれた、灰色のそれになっていた。
ここは、土地の上なのに。
空は、綺麗になったはずなのに。
どうして。
どうして。
私は、ひどく不安になっていた。
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