21120903
世界は、病気になっていた。
私たちは、土地に僅かに残った森の中で息をひそめていた。
戦火に巻き込まれて、身体の半分以上が焼け焦げてしまった女王蜂の遺骸を手の中で握り。
雲雀の雛に毒の汚泥が飛散しないように、必死に守りながら。
数匹の動物たちと一緒に、震えながら過ごしていた。
苗で食糧を作ってただ、毎日を必死に。
人間は、賢い。
私では到底考えつかないような、複雑な機械をたくさん作っていった。
その機械を使って、もっと複雑な機械を作っていって。
瞬きをする間に進んでいってしまった。
森はどんどん切り開かれて、あっという間に都市が拡がっていった。
私が見ていた都市以外にも勿論、人間たちはいて、そちらでも
彼らは時に協力し合って繁栄していった。
私が今まで、ずっと苗を植えて育てていた木々が。
何年も。
何十年も。
何百年もかけて育って広げてきた森は。
瞬く間に、人間の住む都市や工場になった。
空を見上げれば、飛行機が唸りを上げて飛んでいて。
炎の塊を地面に落としていっては、時折他の飛行機同士で火の玉を射ち合い、片方が地面に墜落する。
大地では、戦車や兵士が、荒れ狂っていて。
炎が、毒が、鉄が、人が、まるで舞い散る桜の花びらみたいにあちこちで飛散する。
海には、砲台と爆弾を詰め込んだ船が行き交っていて。
空や大地を殴りつけて、時折轟音を上げて、油をまき散らしながら沈んでいく。
人間はどんどんと増えていって。
もう私なんかでは仕組みが少しも解らないような複雑な機械や装置を作って。
そうして、陸海空のすべてを統べるようになるのに、もう時間はかからなかった。
そうやって火を携えて。
鉄で心と身体を繕って。
繁栄していった人間たちだったけれど。
人間は、賢い。
世界が無限じゃあなくて、限りがあることに気が付いてしまった。
人間たちが住める土地がそれほど大きくないことに気が付いてしまった。
彼らが自分たちが今後も生活して行くうえで、土地も、資源も足りなくなることを分かっていた。
不足してしまえば、もう衰弱していくしかないことを知っていた。
人間は、賢い。
だから自分たちが繫栄するために他を犠牲にすることを選んだ。
足りなくなる前に奪い取ることを選んだ。
いずれ奪い合いになるなら、全力を出せるうちに戦うことを選んでしまった。
自分がまだ、全力を出せるうちに。
火を携えて、鉄でその身体を繕って。
それは、同じ種族であるはずの人間が相手でも同じだった。
そんな日々がずっと続いた。
私たちが隠れていた森も、どんどんと焼かれて切り開かれて。
一緒にいた動物たちも次々と倒れて行って。
そうして。
陸は、焼け焦げて白色に。
海は、汚泥に塗れ黒色に。
空は、空も見えない灰色に。
実際にそうなったのが、いつの頃だったか。
それはもう、私も覚えていないけれど。
私の今まで、してきたことは。
今まで私がやってきたことが。
木を植えて。
蜂がやってきて。
花を植えて。
水辺が出来て。
魚がやってきて。
動物たちがやってきて。
何年。
何十年。
何百年か、それ以上と続けてきたこの世界は。
色々な動物と出会って。
色々な人間と出会って。
笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだりした出来事を、積み重ねたこの世界は。
瞬く間に、元に戻っていった。
ただただ、戻っていった。
世界から、色が失われていった。
私は。
私は。
私は。
何もすることが出来なくて。
まるで、今までが異常だったのだと、言わんばかりに。
全て夢の話であって、もう目を覚ます時なのだと言わんばかりに。
ただ、世界が腐って爛れていく様子を見ることしか、できなかった。
助けて。
誰か、助けて。
助けてよ。
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