11730606

突然家を訪ねてきた人間の男性に、私は驚愕と、そして恐怖を覚えていた。


家は人間の集落コロニーから離れた場所にある。

もう随分と前から誰も訪れていない場所なのだ。


目の前の人物がどうして私の家を探り当てたのかも、まるで見当もつかなかった。


けれど、その人間の男性は。

立派な金属でできた鎧を着て、腰に剣を下げている男性は。


そんな様子の私を見て、苦笑した後に。

「ごめん、ごめん」と謝った。



「僕だよ、オレ姉さん。……ただいま」


君だと気が付くのに、私は随分と時間をかける必要があった。


だって。

だって、あんなに小さかったのに。


背は随分と大きくなっていて、私の身長を優に超えて、私が住んでいる家の天井にあたってしまいそうなほど。


君は私より少しだけ背が高くて、目と目を合わせて挨拶することができたのに。

今は私が見上げないと、もう君の顔を見ることすらできなくなってしまっていた。


君の手のひらは私と同じくらいの大きさだったのに。

いつの間にか私の手を覆い隠せるくらい大きくなっていて、握手したらそのまま握りつぶされてしまうそう。


私が訪ねるよりも先に、君はやってきた理由を教えてくれる。


私のところへ来なくなった後。

やっぱり君は騎士になって、悪い人たちと戦い続けたらしい。


そうやって何度も戦って。

悪い人を何人も殺して。


そして戦いに勝利できたのだと。


戦いが終わって。

集落コロニーにようやく、帰ってこれたから。


真っ先に私のところに来たのだと。


照れくさそうに笑う君の顔は、確かにあの時の子供の面影を残していて。

「ついつい、懐かしくて野苺ワイルドベリーも摘んできたよ」と言って。

大きな手に握られた袋の中には、たくさんの野苺が入っていて。


美味しそうにそれを一つ摘んで食べて。


ああ。

人間は、まるで急ぐように成長していってしまう。


そうして、戦いの話以外でも。

他の集落からの人間からも称賛されたんだという自慢話だとか。

そこで食べた料理の話だとか、教えてもらった薬の話だとか。


そんな話をしているうちに、日は傾き始めていた。


名残惜しいけれど。


話したいことはまだ、色々とあるけれど。

聞きたいことは、色々とあるのだけれど。


私が、「そろそろ帰らないと、集落に戻るころには夜になるよ」と言うと。

いつもハキハキとしている君にしては珍しく、うん、と歯切れの悪い返事を返した。



「また、来るの?」


私は尋ねた。

すると君は、笑顔を引っ込めて。


真剣で、凛々しくて、決意をした顔で私の目を見据える。

そんな顔、初めて見た。


息が乱れる。



「あと、20年くらい。きっと、僕はそれくらいで死んでしまう。人間の寿命は、その程度だから」


突然の話についていけず、驚いた顔をする私の前で。

まるで神様に祈るように、君は私の前で膝をついて。


私は何故か、胸が痛くて。


「あなたからすると、僕はあまりに子供で若すぎるかもしれない」


そして一度目を閉じて。

すぐに開いて、私の目を見る。


顔が、熱くなる。



「だけど、お願いだ。

 僕が死ぬまでの、そんな僅かな時間だけでいい。

 

 俺のものに、なってはくれないか」


呼吸が止まる。



私は。



私は。



何も言えなくて。

口を開いても。


もう何も言えなくて。


ただただ俯いて、いたけれど。



君は。


あなたは。


そう、あなたは賢いひとだから。


その大きな両手で、私を抱き寄せた。

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