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よく泣く子だなあ、と最初に思った。
人の住む都市が大きくなり、今まで住んでいた場所にはいられなくなって。
より森の奥へ家を構えて暮らしていたころだった。
いつものように、綿花からとれた綿を紡いで糸を作っているころ。
ふと、何か声を耳にした。
鳥や動物の鳴き声とも、もちろん木々のざわめくような音とも違う。
そう。
それは人間の、それも小さな子供が泣くような。
私が不思議に思って家から出て、森の中を探しに向かった。
そして、日が傾く前に見つけた。
茂みの中で。
まるでその、小さな身体を隠すようにして。
小さな子供が泣き喚いていた。
慌てて声をかけてみたけれど。
どうも、よく分からない返事しか返ってこない。
一瞬、また言葉が変わってしまったのかと思ったけれど。
単純にこの子がまだうまく言葉を話せないだけだと分かってホッとしてしまった。
もうすぐ日が落ちる。
そうすると森の中は真っ暗だ。
大人に連れてこられたのかと思って周囲を見ても、それらしい人影はなかった。
このまま、この子を森の中に放置してしまえば、命に関わるだろう。
私は悩んだが、その子の手を引いて家へ連れて帰ることにした。
とても小さくて、そして酷く冷えた手が、私の手をぎゅっと掴んだ。
家へ連れて帰って。
体が温まるように、お湯を沸かして、子供が飲めそうなお茶を淹れる。
それに蜂蜜を溶かしてあげて、それを飲んでようやく、落ち着いてくれた。
パクパクとお腹いっぱいになるまで食べて、余程気に入ったんだと思う。
舌っ足らずで、少し私の予想も入ったものになるけれど。
この子はどうやら、
お兄さんたちと一緒に、集落の近くで薬効のある植物を採っていたけれど。
ついつい奥まで行ってしまって、気が付けば迷ってしまったみたい。
きっと両親は、兄弟は、すごく心配しているだろう。
送ってあげようと思ったけれど、もう随分と日が傾いていた。
森の中で真っ暗になってしまえば、そこに住んでいる私でも迷子になってしまう。
そもそも、ひどく眠くて動けなくなってしまうでしょう。
心苦しいけれど、一晩泊まっていってもらうことにした。
それでも大変だった。
その子の分までお夕飯を料理したり、お風呂を焚いてあげたりするのは良かったけれど。
事あるごとに、その子は泣きだしてしまうのだ。
今まで家族と、こんなに長く離れた経験なんて無かったんでしょう。
寂しいんじゃあないかな、って思う。
随分と前から、ずっと一人で暮らしている私には、もう良く分からない感情だけれど。
そうして、ようやく食事を済ませて入浴したころにはすっかり夜になっていて。
子供も泣き疲れて、私もひどく眠くて、一緒になって眠った。
私が最初に握ったときには、あんなに冷たかった子供の手が。
今私を掴んでいるときには、とても温かくなっていたことが、なんだか心地よかった。
翌朝になって、朝ご飯を食べ終えて。
やっぱり家族に会いたくて、泣き始めた子供の手を引いて。
私は人間の
そうして、日が高くなった頃には集落の近くにまで到着したから。
子供の背を押して、帰るように促した。
本当は、一緒に連れて行ってあげるべきだったかもしれないけれど。
今の私は、人間から見れば森の中で一人で住んでいる変人だ。
怪しいと思うし、誘拐されたと思っても嫌だから。
私ができるのはここまで。
あまり、でしゃばるべきじゃあない。
子供は泣いていた目を手でこすって。
次の瞬間には、小さな足で、たたたたっと集落に向かって走っていった。
すると、中から大人の人間が出てきて、子供を大事そうに抱きかかえて笑顔を見せていた。
きっと、両親なんでしょう。
子供はさっきまで泣き止んでいたのに、再びわんわんと泣いてしまっていた。
よく泣く子だなあ、と私は思った。
そして、大人たちに気づかれないうちに、私は森の中へと引き返した。
一人で暮らしているうちには、全く感じなかった温かい気持ちと。
たった一日一緒に過ごしただけの子供と別れただけなのに、寂しさを感じながら。
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