10960214
苗を生み出して、離れた場所にまで移動する。
そして苗を植えて、日が暮れる前までに家に戻る。
それをずっと繰り返していた。
私は、人間の築いた都市。
そこから、少し離れた場所に家を作って暮らし始めていた。
レンガで作った小さな家。
近場に水辺を作って、畑を用意して。
これは、テオとも相談して決めたこと。
私が人間の
私が持っている人間に対する不信感とか、そんなことよりも、私の異常性のため。
私は、余りに長く生きている。
それは今後もそうだろう。
一緒に住んでいては、どうしてもそれは、人間も気づいてしまう。
そうなった時どうなるか、私にもわからないけれど。
きっとよくないことが起きる、そう思った。
テオもそれには同意してくれて、色々と手助けをしてくれた。
テオは、私が人間ではないことに気が付いていたと思う。
……ううん、それだけじゃあなくて。
きっと、人間たちが作った国の王であるヴァルフレードが生きていたころから、もうずっと生きているってことにも、気が付いたんだと思う。
それを直接、私に聞いてきたことは、なかったけれどね。
それでも公然の秘密と言わんばかりに、昔の話を聞きたがっていた。
この世界がずっと沼に覆われていたことから、桜の樹の下に最初の1人を埋葬したこと。
ヴァルフレードたちが初めてこの土地にやってきたこと。
私も随分と忘れてしまっていたけれど、覚えていたことはどんな内容でも熱心に聞いて、
私はテオの勧めで、日記を書くことを始めた。
私は時間の捉え方が、人間のそれとは、とても違ってしまっている。
何か記録というか、時間の流れをちゃんとわかるようにしておかないと、すぐに感覚が人のそれとはズレていってしまう。
毎日、日記を着ければその分、1日1日を実感できるのではないか、と言われたのだ。
繊維紙は貴重だから、それほど沢山は手に入らなかったので、毎日、本当にちょっとしたことを書き留めているだけだけれど。
それでも、テオに手伝ってもらいながら正体を隠して人間の集落を見学できたことはとても面白かった。
住んでいる人間たちに、いくつか助言をすることもあった。
テオは、随分と前に死んだ。
そしてテオが死んでからは、人間の都市に行くことも無くなった。
その後も、人間の都市からは、時折、森で迷ってしまった人が一晩の宿を求めに来たりだとか。
あるいは薬草や食用の植物などの相談で、都市の薬師を名乗る人が来ることもあったけれど。
それも今はなくなっていた。
人間は、賢い。
私が人間よりもずっと長く生きて、それでも出来なかったり、覚えられなかったことでも。
人間はそれを代々引き継いで、さらに改善して昇華して、どんどんと進歩させていく。
薬草や食用できる植物の話も、ある程度話が進めば、人間たちは私も知らなかった新しい薬効を発見していた。
私が作るよりもずっと効率のいい、紡績機や機織機を作っていた。
……ああそうだ、製鉄もしているんだ。
私はできなかったのに、人間は金属を加工する方法を見つけて、それを道具として利用していた。
そのうちに、弓矢や槍や鎧と言った武具も精錬されて行って、狩りがぐっと効率的になっていった。
私も人間たちと交流があったころに、鉄斧と鉄ナイフを1つずつ分けてもらっている。
やっぱり石の道具とは比較にならないくらいに使い勝手が良い。
今でも研いで丁寧に使っている。
でも、だからだろう。
都市はどんどん大きくなっていて、周囲に生えていた木はドンドンと切り倒されて行っている。
一応、切ったらちゃんと植林はしているようだけれど。
それらの苗が育つよりも、切り倒していく方がずっと早い。
切り拓いた場所に家や畑が出来たりする場合もある。
……私の今、住んでいる場所もそのうちに、人の手が入ると思う。
この場所が沢山の人間に見つかる前に、移動してしまおう。
もっと森の奥の方へ。
それでいて、都市が観察できる程度には近いところに。
……本当は、人間に見つからないようにしたいなら、もっと奥に行ってしまうなり。
あるいは、沼地と接する端の方にまで移動してしまった方が良い、って解っているけれど。
ただ、怖い。
人間をしっかり見ておかないと。
気づかない間に、ヴァルフレードが死んでしまっていたように。
近くにいたからこそ。
テオを看取ることができたんだから。
完全に人と離れてしまうことは、どうしても、できなかった。
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