04971028
テオに連れられて壁の中に入り、集落を進む。
レンガ造りの家が沢山建っていたけれど、それだけではなく、木造の住宅も沢山みつかった。
窓には木造の雨戸が取り付けられていて、作りの良い建物にはガラスが嵌められている。
レンガ造りの家も古く見覚えがあるものもあれば、塗料を塗られた見栄えの良いものもある。
二階建ての家も建っている。
私にはどうやって建てたのかわからないような建物が、いくつもある。
それが、所狭しと、そして整然と並んでいるのだ。
私たちは、そういった家々の合間を通るために整備された、レンガで舗装された道路を歩いていた。
きっとすごく、手間も暇もかけて作ったような道を。
「…………」
随分と忘れてしまっている、そんな、なんとなくの自覚はやっと確信になった。
それでもまだ覚えていて、記憶の通りの場所も、もちろんあった。
けれど殆どは、全く記憶にない、きっと新しく建てられたのだろうというものばかりだった。
ああ、ああ、そうなんだ。
これらの家が、さすがに数日の間に作られたとは思わない。
何十日で建てられたとも思わない。
何百日あっても足りないと思う。
何年。
何十年。
いえ、それよりもっと。
それならきっと、テオが言ったことは正しいんだろう。
いつのまにか、とても長い時間が経っていた。
集落の一つが大きく変わってしまうほどに。
街と呼べるほどに膨れ上がるほど人間の数が増えるほどに。
私が覚えた言葉が古い言葉となってしまうほどに。
長い、長い時間が。
「ここです」
テオに連れて歩かれて。
目新しい街並みは、何も知らなければ楽しめただろうに。
好奇心の赴くまま、私では思いもつかなかったものを見ることができただろうに。
今は処刑を待つ罪人のような気分で歩かざるを得なかった。
それでも、行先は決まっているからいずれは到着してしまう。
「建国王ヴァルフレード1世の、お墓です」
杖と冠を持った人間。
ああ、そうだ。
確かに、彼はヴァルフレードという名前だった。
彼は今、私の前に居る。
桜の木のすぐ近くに、少し立派に思える、レンガでできた板をその身に乗せて。
土の中で、ずっと眠っている。
私は、一歩一歩。
地面を踏みしめるようにして墓に近づいた。
レンガには確かに書かれている。
それは、彼に教えてもらった文字と全く一緒だった。
『建国王ヴァルフレード、ここに眠る』
その下には、様々なことが書いてある。
彼の行った偉業だとか。
生前に為したことだとか。
それに目を通して、私は。
「建国王ヴァルフレード1世は、同時に贖罪王とも呼ばれております。人間を庇護してくれた心優しき者を、愚かな人間が傷つけたのだと。我々はこのことを決して忘れてはならないと。ただただ、そのことを悔やんでいたと。身体が動かなくなるまで欠かさず、その庇護者が住んでいたとされる家屋に足を運び。頭を地面に擦り付け、決して許されなくとも謝罪を続けていた、と」
テオが、私が読んだことをそのまま声に出す。
ああ、ああ。
そんなつもりじゃあ、なかったのに。
確かに、恨みはした。
恐怖もした。
一緒に暮らせないと思った。
それは間違いなく本当にそう思った。
だけど、けれども。
それでも、一生の後悔にさせるようなつもりは、決してなかったのに。
「そして、建国王ヴァルフレード1世の長子、アルベルトは」
もう、聞きたくはなかった。
叫び声をあげて、物狂いとして取り押さえられてもよかった。
きっとそうすれば楽になれる。
心が押しつぶされることも、ないかもしれない。
それでも、聞かないといけない。
聞かなければならない。
経緯はどうあれ。
思いはどうあれ。
これは私が行ったことの、結果であるのだし。
そして何より。
ヴァルフレードのお墓があるにもかかわらず。
あの子の。
私に懐いていたかわいいあの子の。
アルベルトのお墓がどこにもないことへの理由を知らなければならないのだから。
「ヴァルフレードの反対を押し切り、アルベルトは庇護者様を探しに出られたと聞きます。供になる人もつけず。ただ1人で、森の中へ。そうして、帰ってくることはなく。ヴァルフレードは自身の死の直前に、アルベルトは死んだものとされました」
私の手から、
それは地面にあたって、中身をこぼした。
衝撃で少し潰れた野苺が、果汁を地面へと吐き出し染める。
赤く黒く見えるその色は。
あの日、ヴァルフレードが必死に頭を地面に擦り付けて許しを請うたときの、あの日の血を思い出させた。
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