00351015

「申し訳ない!!」



俺はに襲われた後。

別のに助けられて、皆が住んでいる集落コロニーに連れてこられていた。

おそらくは、動ける人間はすべてこの場所に集まっているんだろう。

この場所にいる人間の数を数えて、途中でやめた。

あまり意味のない行動だと思ったから。


「申し訳ない!!」


人間たちは全員、地面に両膝をつき、手をそろえ、頭を地面に擦り付けるように下げている。

土下座の姿勢だ。

妊娠していたり病気などで身体を悪くしていて、土下座の姿勢をするのが難しい人間ですら、無理矢理に土下座をしている。


……そういえば、本当に申し訳ない時はこういう謝罪をするんだよ、って話をした覚えがある。


他愛のない雑談の中での話だ。

話をしたその時は、別段何も考えていなかった。

飽く迄も話のタネ程度のつもりだったけれど。

その謝罪を受ける側になるとは、思わなかったなあ。

俺は、そんなことをぼんやりと考えていた。



「申し訳ない!!」

「ごめんなさい、ユーキお姉ちゃん!」



が三度声を上げて頭を下げる。

先頭で頭を下げるのは、杖を持っている

その後ろには、私を助けた槍を持ったが2人並ぶようにして土下座している。

ああ、小さな背丈のが俺の名前を口にして謝っている。

最近あの小さな背丈のは、よく俺にくっついて何かと仕事をしていた。

一生懸命に俺の真似をしようとするのは、素直にうれしかったし。

両手いっぱいの野苺ワイルドベリーに喜んでくれたのは、可愛かった。

今は悲痛な顔で、ただただ、頭を下げているけれど。


そうそう、実行犯である人間2人は顔が変形したんじゃあないかと言うくらいにボコボコに殴られている。

殴られている、じゃあなくて、殴られている。だ。

今でも時折、棒切れで人間が殴りつけている。

今は集落の中央で縛られていた。

意識がないのか、うめき声すら聞こえないし、身じろぎすらしていない。


今俺の前で頭を下げているのは俺を助けに来てくれた人間たちだけではなく。

何も知らずに、今の今まで集落で仕事をしていた人間たちだ。

新入りの人間が、俺に対しとんでもない粗相をしたと聞かされ、謝罪に来たらしい。




「本当に、申し訳ない!!」




四度目の謝罪。

この時はもう、杖を持ったは地面に頭を叩きつけていた。

その額が割れて、血が流れ、地面を多少赤く染めていく。

二重の意味で何も知らない子供たちですら、親に腕で頭を掴まれ無理矢理に下げられていた。

子どもたちの泣き声が聞こえる。



可哀想だな、と思った。



この人間たちが別に悪いわけでは無いのだ。

悪いのはもちろん、実行犯である2人の人間である。

それは、俺もちゃんと分かっている。


人間たちは口々に、あの2人はすぐに処刑するとも言っていた。

謝罪のために苦役をさせるべきだ、という意見も出ていた。

俺からすれば、ぜひそうして欲しい、とも思った。



ただ、俺はもう、どうでもよくなっていた。



こんなにを思って色々と頑張ったのに、この仕打ちか。

そんな思いが無いとは、流石に言わない。

でも人間を助けようと思ったのは俺の自己満足だし、それに対して見返りを求めたわけじゃあない。

感謝されれば勿論嬉しいし。

有難迷惑だ、と言われればまあ。

悲しいとは思うけれど、理屈の上では納得もできると思う。



そんなことは、どうだっていいんだ。



何よりも。

そう、何よりも。



人間のことが。



ああ、飾らずに言おう。

もうありのままを正直に吐き出して言おう。



俺は。

人間が恐い。



『森主』と呼んで従ってくれる動物たちと比べて。

人間たちを信じることが出来なくなった。

彼らは、俺の言うことを今でも守ってくれている。

狼も虎も、肉を食う動物たちですら。

空きっ腹を抱えていても俺に襲い掛かることはなかった。



ああ、ああ。

こういう時、こう思うのはごく自然なんだと思う。



きっと人間だってそうするだろう。

例えば、狼に襲われたのだとしたら?

人を襲った狼を見つけ出して、その狼だけを処刑して。

それで終わりにするだろうか?


いいえ、違う。

それで終わるはずがない。

人間は、それでは止まらない。

人間は何をするか、俺は知っている。


「人を襲った狼かどうか」なんてなんてしない。

狼が人を襲ったのだから、狼は見つけ次第すべて殺そうとしてしまうんだ。

一匹残らず皆殺し絶滅だ。

狼は怖いから。

その狼だけが怖いなんて思わないから。



だから、この思いは間違っていないんだ。

俺が人間に抱く、この思いは。

人間の個体に関係なく区別なく抱くこの恐怖は。



俺は踵を返して、自分の家へと向かっていく。

人間たちが大きく声を上げて、謝罪と、待つように懇願してきたけれど。



俺はもう、人間の近くにいることは耐えられなかった。

人間と共に生活することは、怖くてできなかった。

今ですら身体が震えている。

さっきから息が苦しい。

酔うほどに居心地が悪い。

目が霞むんだ。



ドアを閉める。



家の外からは人間たちの謝罪の声が聞こえる。

今の俺には、どうでもよかった。


膝を抱えるようにして座り込み、そのまま自分の身体を抱きしめて。

ただただ、恐怖に震えながら。

震えが少しでも押さえつけようと身を固くして。



ボタボタと。

まるで吐くように、目から涙が落ち続けていた。



一刻でも早く、家の前から人間たちが居なくなるように。

どうか俺の目の前から、居なくなってくれるように。


耳を塞いで、目を閉じて、嗚咽を殺して。

心の底から祈っていた。

ひたすらに願っていた。

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