00360401

「ここで、いいかな」


俺は立ち止まり、地平線にまで続く沼地の方を見ながら呟く。


俺はあの後、人間たちと別れて森の中をずっと進んでいた。

人間たちに見つからないように。


さすがにもう、俺が出て行ってしまったことはバレてしまったと思う。


今まで、人間が勝手に俺の家に入ってくることはなかったけれど。

流石に何日も外に出てこない、姿を見せていないとなれば、痺れを切らして誰かが家の中を覗いてもおかしくない。


それでも、今のところ追いつかれてはいない。

追われているような気配すら感じることもなかった。


多分、逃げ切れたと思う。


途中で、森の中を歩いている俺を気遣って、鹿や猪といった動物たちが、背に俺を乗せて移動を手助けしてくれた。


これは俺の、飽く迄も俺個人の感情の問題なんだから。

本当は彼らの手助けを受けちゃあいけないと思っていたけれど。


随分と人間に対して臆病になっていた俺は、結局、そのお世話になってしまったのだ。

そのおかげで、普通に歩くよりは随分と遠くに移動することが出来たと思う。


家から持ち出したのは、石斧と石ナイフ、火起こしの道具。

それに、俺の肩に留まっている雲雀と、分蜂してやってきた若い女王蜂。

これだけの荷物と仲間たちだけ。


飛び出したはいいけれど、別段あてがあるわけでもない。


とにかく遠くへ行こう、人間から離れよう、としか考えていなかった。

フラフラと彷徨っているような状況だったけれど、ふと思った。



この土地も、随分と広くなった。


俺の足で歩いても、もう数日では反対側に到着できないくらいにはなっていた。

実際、ここまで来るのには結構な距離を歩き続けたし。


木々が生えているし、普通の人間が歩けば迷ってしまうだろう。

途中で鹿とか猪の背に乗せてもらえなければ、この場所に来るまでにもっと時間がかかっていたのは間違いない。


そうして到着したこの場所は、土地は結構広がっているけれど、植物は殆どないような状態だった。


風で種子が飛んだのか、せいぜい草がまばらに生えているくらい。

樹木といえるようなものは殆ど生えていなかった。


俺の能力チートで苗を植えると、土地は広がる。


でもその苗は勿論、植えた場所でしか育たない。

土地自体は広がっても、苗がワープするわけじゃあ、勿論ないからだ。


出来る限り疎らになるように、注意して移動して植えてはいた。

でも人間と一緒に生活していたころは、ちょっとサボり気味だったのは間違いない。


色々と教えたり作ったりするのに精いっぱいで、遠出する余裕もあまりなかったし。

実際に、こうして現物を見てみると、やっぱりそれは不足だったなあ、と思い知らされてしまう。


「……うん。これからは、ここを拠点にしよう」


まずは食料になる野菜の苗をつくり、その次に竹のような材になる苗を植えよう。

女王蜂のために、花畑も作ってあげたい。


水辺も作るか探すかしないといけない。


レンガの家も最初から建てないといけない。


それより先に土壁の家かな?


畑も作って、用水路を作って、そうして……


俺はそこまで考えて、ふっと自分が歩いてきた方へと振り返った。

振り返った先のずっと向こうには、人間たちがいるはずだ。


いつものように、火を使って料理を煮炊きしている人間とか。

レンガや陶器を作っているはずの人間たちの集落があるはず。


しかし、ここからでは遠すぎて



少しの郷愁のようなものが胸をよぎった。


それなりに長い間過ごしたのだ。


の子供を抱っこさせてもらったこともあった。


と笑い合ったこともあった。


が動物に好かれなくて不貞腐れていたことを思い出す。


あの人間たちは元気だろうか。


実際に、逃げ出そうと決めたときでも。

いざ一歩踏み出そうとしたときは、まるで思い出に足を掴まれているような気分になった。


その場所から動けなくなるような、そんな感覚を覚えたものだ。



だがそれよりも。

そんな、なんかよりも。



俺はひどく安堵していた。


この場所なら、だろうと。

俺が使った、またここに押し寄せてくることもないだろうと。


俺が見えないのなら、人間からも見えないだろうと。


俺は人間に恐怖している。

二度と、会いたくはない。


でも、これが俺の過敏な反応なんだってことも、理性の部分では理解している。

人間の全員が悪いわけじゃあないってことも、分かっている。


だからいつかは、きっと。

人間を許せる日が来るとは思う。


それでも。


俺の中で何かが消えるような感覚があって。

思い出に掴まれた足を、そっと引き抜くことが出来たように。



ただ、許す許さないとか、そういうお話じゃあ、なくて。



今は、ただただ、時間をおいてほしかった。

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