00010801

「こうしてみると、大分ここも拡がってきたなあ」


実った野菜をもぎ取る手を、ふと止めて。

俺は、ふう、と息を吐きながら周囲を見渡した。


土地はあれから、どんどんと広げていった。


木々も生い茂ってきたためか、土地の端まで見渡すことはできなくなっている。

最初は4LDKのマンションにも満たなかった土地だったのにな。


そして、俺の手にある蕃茄トマト


これは俺のチート能力で生やした野菜ではない。

種からしっかりと育てた野菜だ。


専業農家でもないし、ノウハウも知らない、化学肥料なんて、もちろんない。

それでも瑞々しい果実は、思わず見惚れてしまうほど。


前世で見たスーパーに売っていた野菜よりも、見栄えが良いし大ぶりだ。

…………いや、どうだったっけ?


流石に転生して随分時間が経ったし……そういう記憶はひどく曖昧だな。


思えばスーパーで買い物するときに、野菜の目利きなんてしたことない。


気にするのは値段と、せいぜい生産地くらい。

誰が作ったかとかはもちろん、見た目がいいだとか色がキレイだとか、そんなこと一片たりとも考えたことが無かった。


……ま、比較するだけ意味がないことだけれど。


「土が良いんだろうなあ。手で掘れるくらいフッカフカだし。それに無農薬オーガニックだし。……ま、そもそも農薬がないし、あっても撒く意味がないんだが」


赤く瑞々しい蕃茄トマトの果実をそっと、竹で作った籠の中において、俺は呟く。


美味しそうな野菜が出来て、嬉しさ半分。

そして、だ。


そりゃあ自分が食べる食糧なんだ、見た目もいい方が良いに決まっている。

ただ、農薬も使ってないし何の対策もしていないのに野菜がキレイだということは、要は害虫……野菜を食べる虫とかが、一匹も居ないってことだ。


この世界にはもう、アブラムシとか絶滅してしまったんだろうか?

農家からすれば居なくなってくれたほうが清々するんだろうけれど。


アブラムシを食べるテントウムシも居ないんだろうか?


アブラムシと共存するアリはどこに行ったんだろう?


………


「……っと、おー、精が出るね」


俺はふと視界の端で飛び交う蜂に気が付き手を振る。

すると彼らは、俺に答えるようにその場で旋回した。


いやー、蜂って、頭いいんだなぁ。


まあここ毎日ずっと顔を合わせているし、色々とお世話もしている。

ひょっとして、養蜂家の一生分よりも身近で生活しているんじゃないかな?


それに多分、俺が花とか植えたり、巣を作りやすそうな竹製の箱を用意しておいたことをちゃんと理解している。

だから近づいても刺したりしないし、むしろ歓迎をしているような素振りだった。

まあ、ずっと隣人として近くにいたからな。


蜂の巣は、俺が巣箱を用意した分も含めて複数個出来ているくらいには成長していたし、ここを安住の地と認めてくれたようだ。


ちなみに、脱落したり、古くなりすぎて蜂が住むには適さなくなった巣は、俺はを得て頂戴していた。


蜂の巣……蜜蝋はなんにでも使えるからな。

あって困るものじゃあない。


そして蜂の許可、と言うのはだ。


ダメもとで俺が頂戴したい旨を、身振り手振りでお願いしたら蜂自らが巣の残骸を総出で運んでくれたのだ。


……俺は夢の国のお姫様プリンセスか何かか?

いや……ひょっとして、エルフだからか?


エルフに備わってる種族特性生まれ持っての才能とか?動物と仲が良いとか、そういう。

まあ何にせよ、彼らとは末永く生活していきたい。


「……さて、続きをやるか」


俺は頭を振って、虫食い一つ無いキレイな野菜の収穫を続ける。


蜂が住み着いて以来、まだ新しい来訪者は来ていない。

だが、もし今来たとしても受け入れられるようにしておかないと。


時間はいくらでもある。

でも、急がないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る