00000107

そうして再び数日が過ぎた頃。

俺に危機が訪れた。



喉の渇きだ。

そして空腹感も覚えている。



気になりだしたのは先日から。

今では意識していなくても渇きと飢えが俺を苛んでいる。


俺はようやく理解した。


この世界のエルフというのは、非常に身体の燃費がいいのだ。

睡眠時間も長くとるせいかもしれないが、人間よりもの食糧で生きていける。


そうだけなのだ。皆無ではない。


仙人のように霞だけ食っていけば生きていけるわけでもない。

本当に飲まず食わずを続ければ、エルフと言えども餓死してしまうのだろう。


楽観視しすぎたのだ。


俺は慌てた。


あたりは見渡す限り沼が広がっている。


前に確認した通り、動物はおろか木の一本も生えていない。

狩猟や採取に頼るなんてことはできない。


先に植えたリンゴの木は、やはり他の樹木と同様にかなり早く育っている。

他の樹木はもう俺の背丈をゆうに超え、そろそろ成木と言っていいほどの幹の太さにもなってきた。


だが、残念だが先に植えた樹木は可食できる木の実などを実らせてはいない。

当然だがリンゴもまだ実っていない。


それでも、俺は縋るように、苗を作り出す能力スキルを行使する。

イメージするのは『胡瓜キューカンバー』だ。


胡瓜は非常に水分量の多い野菜で、昔は水筒代わりに胡瓜を持ち歩いて水分補給していたと聞く。


そして俺の思惑通り、野菜の苗が手の中に作られていた。


俺はすぐにそれを地面へ植える。

土地は広がらないがこの際は関係ない。


しかし、いくら能力により成長が早いとはいえ、胡瓜が今日明日で実をつけるわけじゃあないだろう。

そうしている間にも喉はカラカラで、痛みを覚えるほどだった。


この能力では……すぐに解決することはできない。



俺は沼地を見て、そして何度も頭を振る。


俺が持つもう一つの能力、病毒完全耐性。



見るからに毒まみれで入っただけで死にそうな沼だが、しかしこの能力があれば、この泥水を害なく飲むことができる、はずだ。

しかし、ともすればトイレの水のほうが綺麗だろうそれに口をつける勇気はなかなか湧かなかった。


だが、それも数日が限界だった。


いよいよ喉の渇きが限界を超え頭痛を覚えた頃、俺は観念して泥水に手を伸ばすことにした。


……土地から顔を沼側に出すと、途端にすさまじい悪臭が鼻を突きさす。

鼻が曲がるとかそういうレベルじゃあない、鼻を突きさすような臭いだ。


なるほどこの土地は、何故かはわからないが、こういった臭いなどからも俺を守ってくれていたらしい。

結界バリアみたいなものがあるのだろうか、と考えたが、それどころじゃあない。


あまりの匂いに俺の決心が揺らぐが、喉の渇きと頭痛に押され、俺は意を決して泥水に手を差し込む。


水とは思えない、腐った肉を触ったような感触に怖気が走るが、構わずに水を掬いだし、一気に口に含む。



吐くかと思った。


吐き出したかった。



目を閉じてボロボロと泣きながら、俺は必死に泥水を嚥下する。

一回分だけでは足りず、二回三回と泥水を口につける。


口の中に汚物の味が広がった。

何もないのに胃が中身を吐き出そうとするのを懸命にこらえて飲み込んだ。



「やだよぉ……!こんなの、やだよぉ……!」


そうして、どうにか喉の渇きがマシになると、俺はまるで子供のように泣いてしまった。


こんな思いは二度としたくない、ちゃんと苗を作って育てないといけないんだと、理解させられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る