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異世界に転生したらしい俺は、身を起こして周囲を見渡した。
一瞥した限りでは理解ができなかった。
たっぷり数十秒はかけて、じっくりゆっくり、間違いがないように見渡す。
異世界と聞いたとき、何を想像するだろうか?
やっぱり剣と魔法の中世ヨーロッパ風の世界だろうか?
俺も最初はそんな感じの世界を想像していた。
森とか、山とか、街道とか、そういった場所で目覚めるのだとも。
目を閉じて、目を開けて、もう一度ゆっくりと見渡す。
目の前のそれに間違いがないことを認識して、理解する。
「はあ?」
俺の第一声はそれだった。
目の前に広がっているのは、ざっくり言うなら沼地だ。
泥や水は真っ黒で淀んで汚い、ときおり水泡ができるが、泥水は粘性があるようでゴポッ……といった様子である。
空は鈍色で暗く、真っ暗ではないが本を読むには厳しそうなほどの明るさしかない。
それが一部分ではなく、見渡す限り……全方位の地平線の限り続いている。
時折岩のようなものが見えたり、何かが突き出ていたりするが……樹木はもちろん、建物や道路のようなものもない。
山賊なんて居るはずもない、鳥も飛んでいないんだから。
「あ、声……」
と、自分の喉に手を当てる。
こんな肥溜めの底みたいな世界には似つかわしくない、澄んだ清流のような女の声だ。
自身の手を見れば白魚のような細くて美しい指だし、腕は細い。
服は白い簡単なワンピースを着ていて、足にはサンダルを履いていた。
スカートをめくりあげる……のは、なんだか気が引けるので服の上から手で触って確認する。
「エルフに転生する、と言っていたけど……性別が女とは思わなかったな」
不満には思ったが、しかし神様のことを思い起すと、とてもじゃないが抗議するような気にはなれないな。
今でも身の毛がよだつ。
こういう表現は不敬か?怖気が走る……これも失礼か。
いや、それよりもまずは何だよこの状況。
沼を見るがマジで真っ黒だ。
下水道とか多分こういう感じだ。見たことないけど。
絶対に入りたくない、なんか聞いたこともない病気になりそう。
……あ、そういえば病毒耐性があるんだったか。
でも入りたくない。触りたくない。
そもそも深さが全くわからん。
病気にならないもんねー!って入って底なし沼で、あ!この沼!深い!ってなったらそのまま溺死だ。
そして今自分が立っている場所……さっきまで寝転がっていた場所だが、ここだけは、どういうわけか綺麗な大地だった。
いや「綺麗な」というよりは「普通の」というべきか?
茶色で、稲を植える前の田んぼだとか、耕作前の畑だとか、そういう感じの土地だ。
丸い形状で、面積でいうと畳1枚分くらい……いやそれよりは広いか、2枚分くらい。一坪っていうんだっけ?
この土地は神様の慈悲かなんかかもしれないな。
流石に、こんな汚い沼に浮かんでる状態で目を覚ましたら泣き喚いていたかもしれん。
……と、そういえば
なにそれ?
よくわからんがまあ、確かめてみるかと思ってみたが、使い方がわからん。
頭を捻って考えて、多分こうやってこう……と目を閉じて、祈るように両手を合わせて、ゆっくりと目を見開く。
すると、両手の間には小さな木の苗があった。
なるほど、こうやって苗が作れるのか。
無から有を産み出す、そういう物質系チート能力なんだな。
……うん、どうするんだこれ。
ともあれ、やることもないし、さすがにこの沼地に苗木を捨てるのも忍びないので、適当に土地の端に植えることにする。
ああでもスコップもないしどうやって……あ、土柔らかいな、手でも掘れるわ。
よいしょ……よし。
そうやって苗木を植えた俺が、ふうと一息ついて立ち上がったとき、違和感に気が付いた。
「あれ、広くなってる?」
そう、苗木を植えた場所を中心にするように、綺麗な土地が拡がっているのだ。
拡がった面積は畳2枚分……一坪分くらい。
元の土地と合わせると畳4枚分になった。
「なるほど、これを繰り返せば綺麗な土地が広がるんだな」
うーん、神様はそういうことをさせたくて俺を転生させたのか?
ともあれ、沼の中で孤立して死ぬとかいう最悪の問題は解決できそう……
「……何日かかるんだ?」
俺は見渡す限り、地平線の先まで続いていそうな沼地を眺めながら呟いた。
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