悪魔のように

西順

悪魔のように

 Like the devilsのweeklyが好きだ。


 いきなりこんな事を言われても何の事か分からないだろうけど、Like the devilsはイギリスのバンドで、そのバンドが出したアルバムがweeklyだ。


 Like the devilsはWボーカルのミカとルーシーの歌声が特徴的で、ミカの歌声はとてもウィスパーで耳から脳に優しく到達して、脳を蕩かせるのに対して、ルーシーの歌声は激しく鮮烈に、脳を揺さぶる。これが曲によって交互にやって来たり、ハモりで同時にやって来るものだから、脳汁出まくりでハマるのも仕方ないだろう。


 Like the devilsのweeklyは3ヶ月前に出た最新のアルバムで、各種サブスクで配信開始されるや否や、1日で全世界で1000万回再生され、1週間で1億回再生されたと言われるアルバムだ。日本じゃ有名じゃないけど。


 weeklyはその名の通り、1週間のあれこれを曲にしたもので、それが試みとしても面白い。俺は目覚ましにこのアルバムの曲がランダムで流れるように設定していて、その日の目覚ましで聴いた曲の歌詞に合わせて、その日1日の行動を決定するようにしている。


 例えばモーニングにはバゲットとコーヒーだと言う歌詞があれば、その通りバゲットとコーヒーを朝食にするし、いつもと違う道を通ると歌詞にあれば、いつもと違う道を通って学校を行き来し、夜に全裸で眠るとあればそうする。それはもう朝のテレビの占い通りにするかのようだが、これがデビリアンと言うものだ。ちなみにデビリアンはLike the devilsの熱狂的ファンの愛称である。


 その日の朝に流れたのは、『sneer at monday』で、月曜を嘲笑うと言う意味の通り、辛い朝にわざと早起きして、誰もいない学校に1番早く着いて、まだ閉め切られている校門の前で「early bird,early bird」と歌うのだ。


「early bird,early bird〜♪」


 神谷美歌が校門に寄りかかりながら、まだ薄暗い空を見上げて『sneer at monday』を歌っていた。それはとても清廉な歌声で、神谷美歌の歌声に俺は思わず聴き入っていた。


「おはよう、氷室堕天使くん」


 思わずムッとしてしまったが、学校でもファンの多いクラスのカースト上位の神谷が、俺の名前を覚えてくれていた事は嬉しい。ちなみに堕天使と書いてルシファーと読むのだが、俺の親は何を考えてこんな名前にしたのやら。


「おはよう」


 そんなありふれた朝の挨拶を交わし、それで会話は止まってしまった。そう言えばカースト上位にいる神谷も、周りにカースト上位の友達がいるからで、本人は静かな方だった。このまま黙って俺も空でも見上げているか。


「early bird,early bird〜♪」


「神谷もLike the devilsが好きなんだ」


 歌う神谷に、思わず口を滑らせた。


「堕天使くんもデビリアンなんだ」


「じゃなきゃ、こんな朝から学校なんて来ないよ」


 外はようやく白み始めているくらいだ。


「今日水曜日だよ」


「俺は目覚ましを、weeklyがランダム再生するように設定しているから」


「それにしても早過ぎ。結構校門前で一人で歌ってたよねえ」


「気づいてたのかよ!」


 俺は改めて神谷の顔を見た。その顔が頬を染めてにんまり笑っている。その笑顔にこちらの顔が熱くなるのを感じた。


「良かったよ。今日は堕天使くんに勝てたから、気分良く1日過ごせそう」


「はあ、朝5時に目覚めし設定しているのに、これからはもっと早く設定しないといけないのか」


「私を出し抜きたいなら、無理だと思うよ」


「なんで?」


「私の家、学校の目の前だから」


 と神谷の指差す先は、本当に学校の目と鼻の先にあるマンションで、あそこで暮らしているなら、俺が始発の電車で学校に来ても必ず負ける。どうしたものか。


「who made you smile?」


「それって、『good bye every week,hello new day』の一節か」


 確かあれって、今までの悪習慣なんてやめろ、毎日が新しい1日だ。って歌だよな。そして新しい朝に好きな子と出逢うんだ。


 俺がハッとなって神谷を見ると、さっきよりも真っ赤になって花笑みをこちらへ向けていた。


「ふふ。The early bird gets the wormだよ」


「いくら早起きは三文の徳だからって、俺を虫扱いはやめてくれよ」


「like the devilの意味は知っているでしょ?」


 確か猛烈な勢いでとか、死にもの狂いとか、鬼気迫るとか、そんな意味だ。そう思い出して神谷を見れば、まさに獲物を狙う猛禽類のような目をしていた。


「絶対逃さないから」


「お手柔らかに」


 嘆息しながら俺は校門にしなだれかかり、同じように校門に寄りかかった神谷と一緒に空を見上げながら、校門が開くまで、Like the devilsの曲を歌い続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔のように 西順 @nisijun624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ