二幕目
日は高く天候は晴天と。穏やかな気候に恵まれた西方域ならではのそんな昼下がり。鼻息荒く意気込んで、現在『夜の帳亭』では
「で、この出鱈目な金額が並ぶ資料は一体何の冗談ですか?」
「お嬢に頼まれていた条件に見合う物件の購入代金の目録ですが」
なにか、と。至極当然の如く語る目の前の男の名はマルコ・レッティオ。最近この夜の帳亭を含む一角の相談役に就任した所謂顔役の一人である。
全体的な印象としては長身細身で顔色悪し。若造と呼ばれる歳は過ぎ美醜を見ても決して悪くはないのだが、残念な事に特徴的な長く細い吊目の顔相は不穏を感じさせる凶相で。第一印象から私は彼を狐目さんと呼称している。
恐らくは熊さんが体の良い身代わりを用意したのだろう、と予想して。まるで私が厄介者の如く扱いにやや憤慨しながらも、私と熊さんとの間にある経緯と因縁を思えば、この狐目さんは相当に優秀ではあるが、切っても困らない都合の良い駒なのだろうな、と内心で少し同情してしまう。
まぁ、さておき。
渡された目録に纏められた内容は詳細で。良く精査されており、彼の有能さの片鱗が垣間見える。かつ同じ胡散臭くとも優男とは異なり狐目さんには一定程度の好感を持てそうなので繋がりは大切にしておこう、と言動にも注意を払う事にする。
「済みません。年の性か。最近目が悪くなった様で。どの物件の価格も単位が全て『億』の様に見えるのですが、これって見間違いですよね」
「その若さで既に老眼の気があるとは心中お察しします。が、残念ですが記載されている金額は適正なモノで加えてそれらは土地の購入代金ですので建物を新築されるとなると更に別に費用が掛かります」
狐目さんは何を当たり前の事を と少し呆れた様子を見せるが。一転。神妙な面持ちで。
「以前はどの様な生活を? もしや良家のご息女であられたとか」
随分と踏み込んだ事を聞いてくる。
普段は慎重な狐目さんらしくなく。とも思えたが私と言う存在を理解して利用したいと言う彼なりの野心の現れなのかも知れないと思えば、不用意な詮索の理由も頷ける。であれこれは無粋。嫌悪感の如く悪感情が芽生えても文句は言えぬ行為ではある。けれども気にもならず寧ろ機嫌良く応じる事が出来るのは、総じて熊さんの様な真性の極悪人とでも己の好悪のみで付き合える私の異常的な人間性に起因している。それは錬金術師の本質が人の法理の外にあるゆえに。
誰よりも私こそが人の欲望の肯定者であるからだ。
「私の金銭の感覚に疑問が生じているのでしょうが、色々事情がありまして。それらを含めてゴルドフさんには本当にお世話に為っています」
多くは語らず暗に詮索は不要、とにっこりと微笑んで見せる。
「そうですか……まあ、お嬢が余りに博識なものでつい勘違いしてしまいまして。ええ。お嬢くらいの年頃ならば知らない事も多くて当然ですよね」
流石に察して。狐目さんも深追いする事無く話題を打ち切った。ので、世間知らずの体。いや、真実その通りである訳なのだが、此処は自然な流れで王都での土地の相場について説明を求めていく事にする。
「お嬢から見てこの辺りは栄えてると思いますか?」
夜の帳亭が居を構えるこの辺りの区画は王都でも郊外に当たり。加えて貧民街にも近いともなれば、果ても果て。でなければ開発事業などと誰かが言い出す筈も無く。流石に賑わっていると言うのは無理があるだろう。
「じゃあ、治安はどうです?」
当初において店を開いた瞬間にみかじめ料目当てに
「であれば此処からが本題です。お嬢が探してる条件の土地は王都のほぼ中心に位置します。ゆえに治安も良く賑わっていて利便性にも優れている。文字通り環境面も破格であれば比例して相場も高騰するのです」
馬鹿にされた訳では無く。子供に諭すかの様に狐目さんは大前提から端的に説明してくれる。が、私が知りたいのは相場であり、主旨が異なるのだが目録から推察するに、今の私に手が出せる額で無い事は察せたのでまあ良いだろうか。
「多少の蓄えが出来そうだったので……。でも流石に土地の値段が違い過ぎて手が出ませんね」
私が王都の中心街で店を持ちたい理由。その本当の目的は幾つかあるがまず第一に立地の問題が挙げられる。これから本格的に
それに卸先である冒険者ギルドと精製の鍵を握る神殿とは出来る限り距離的に近いに越した事は無い。両者が在る王都の中心街に生産の拠点となる工房を作れるかどうかが効率良く円滑に生産から納品までの行程を行う為の鍵を握り。長期的に考えても遠方に作るよりも遥かにコストが削減出来る筈なのである。蛇足ではあるが薬術師を始めとした店で働いて貰う事になる人員の確保の面でも、各種のギルドが集う中心街の方が何かと都合が良いのも事実であったのだ。
落胆している私を尻目に狐目さんが神妙な面持ちで考え込んでいる。狐目さんからすれば前向きに立ち退きを考えていると誤解しているのだろう、また私の気が変わるのを懸念している節が窺える。
「正直に言って余りお薦めは出来かねるのですが」
と、狐目さんは不承不承と言った様子で続ける。
「別の顔役の
其処は更地では無く元商会の跡地である為に既に既存の建物が建っていてそれを再利用すれば金額は抑えられるのではないか、と。しかし勿論の事。狐目さんの話には続きがあり。
その顔役と言うのが古参の上役で悪癖持ちの厄介な人物らしく関わるなら慎重に。加えてその物件自体も立地の良さにも関わらず買い手が付かず売れ残っている様な所謂、かなりの曰く付きらしく。何処で話を一端納め。
まあ、当面はやるべき事も多く、取り立てて急がないので後は狐目さんに任せる事にする。全く以て祟りなどと言う自然の摂理に反した事象を真しやかに語るなど怪しからん話である。
しかしながら。悲しいかな世の中、纏まった金が無いと商売もままなりません。
お金欲しいです。
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