一幕目

 物事の優劣とは周囲の環境や大まかにどの過程で区切るかで評価の程は大きく異なってくる。裏を返せば極端な話、他者の目を終始一貫して無関心で要られる精神強者であるのなら、そもそも優劣に意味は無く実に曖昧な定義ではあると言えなくも無い。


 で、あるからして気にはしていない。


 と簡単に今回の商談での経緯を開き直れる程に私は図太くないどころか、極めて狭量で執念深い人間なので、何れあの優男には痛い目を見せてやろうと心に決めている。が、ともあれ例えどんなに小さくても進歩は進歩である。


 交渉の末、私は冒険者ギルドと独占売買契約を結び当面の条件も折り合いを付ける事が出来た。結果としてはまずまず。これで我が家の扉を神殿の異端審問官たちが蹴破って来る様な最悪な事態にでも為らない限りは一定の成果は得られたと言っても良いだろう。


 さてっ、改定した条件に少し触れて見ると。


 納品は月に百本。卸値は一本。五万ディール。


 その七割が私の収益となる。


 これが一般的な取引として見た場合、公正であり適正なのか、と問われても相場が読めない私の批評では意味が無いだろう。なので、個人的に、と前置きするのあれば、破格の条件と言わねば為らぬだろう。


 しかしながら、生産コストを考えれば濡れ手で粟と言えるべき成果ではあるが、採算は別にして普及させると言う目的を考えれば問題は山積みで、まず第一の懸念としては冒険者たちの懐事情にあった。


 冒険者の中で全体の六割を占める下位冒険者たちが日に手にする報酬は平均で、五万から十五万ディール程度と言われている。これが一人当たりの収入であれば相応に、と言えたかも知れないが、現実はこれをパーティーの人数で頭割りするのだと言うのだから、全く以て夢の無い話だ。


 神殿の協力を得られ、治癒術師ヒーラーが以前の様にパーティーに一人の割合で参加する適正な状態に戻ればこの効率は三倍以上には上がると言うが、はっきり言ってそんな机上の空論などを考慮に入れるつもりは無い。それに仮定の話、冒険者のレベルの底上げが為され、魔石が以前に増して安定供給されれば、個々の品質に大きな差がないとされる特徴的な性質ゆえに需要と供給の観点からも間違い無く今度は値崩れが起きる。


 ゆえに物価や神殿の動向に左右されない。少なくとも私が卸す妙薬ポーションに関しては安定した価格を、何よりも下位の冒険者たちが気軽に手にする事が可能な個数を供給する事を要求おねがいされている。


 それらを踏まえ冒険者ギルドと交わした契約に置ける最終的な達成目標とは。


 月に十万本、価格は一万ディール。


 これが目指すべき一つの到達点。


 この数は私の地下工房での生産が前提であれば半日と掛からず達成出来る微々たる数字。だとしても今は手に入らぬ素材や失われている魔法技術を用いて一般的に普及させる気は初めてから毛頭無い。そもそも過程を省くのは悪手と言うより他は無く。知識や技能とは無条件で与えられるモノでは無い。学び修めるモノなのだ。ゆえに私にとって『過程』は『結果』に勝り独善的な価値観ではあれど等価交換の基準ともなっている。


 こうまで私が強弁する理由。


 今の世は多くの知識が失われ、文明も魔法も衰退してはいる。だがしかし、人間ひとの可能性は千年前と何も変わらない。逆に言えば千年如きで優劣が着く程に安くなどはない。それを疑い無く語れるのは此処が私が夢を見た未来の過程にあるからに他なら無い。


 ゆえに私と彼らとの差は種としての絶対的な違いではない。異なるのは私は後世に黄金とまで讃え称される一つの文明の最たる時期に多くを学び、知識と経験を得られた反面、今に至る彼らは逆に在るべきモノの多くを知らない。


 知識ある凡夫は知性無き才人に勝る。


 その顕著なる差が私の妙薬ポーションと一般的に普及している妙薬痛み止めとの効能の違いだと言えるだろう。


 本来魔法とは『火』『風』『土』『水』『光』の五大元素を基に系統化され構成されている。それが学問として学ぶ知識の基礎中の基礎である。


 だが、この内の『光』の元素の存在だけがこの時代の魔法体系から完全に消失していた。現存している古文書からも、古代語の魔術書からもエーテルの記述は見当たらない。


 『エーテル』の系統化なくして治癒効果を有する妙薬ポーションが精製出来る筈も無く凄惨たる現状にも頷ける。ではどの段階で、と邪推をすれば魔素の知識の一部消失など意図的な力と思惑が働いているのは明白で。遺跡の魔物の件と言い確証はないものの、白銀と呼ばれた時代に付いては一度詳しく調べて見ねば為らないだろう。


 だが寧ろ今問題なのは、錬金術とは異なり『エーテル』の知識を失っても治癒魔法ヒールは存在し、それを行使出来る治癒術師が居ると言う点である。


 勿論の事。魔素は大気に満ちていて、目に映らずとも『光』もまた其処に在る。逆説的に言えば術式として構築せずとも魔法として発現させる手段さえあれば治癒魔法は扱えると言う事だ。そして、現状その行使者が全て神殿の関係者だと知れれば自ずと察せられる。


 推論では無く現在ではエーテルは信仰と言う概念へと置き換わっていて。そしてこの問題の厄介なところは信仰と言うモノが絡んでいる点にある。


 もしも治癒魔法が信仰に撚る神の奇跡と喧伝されているのなら、エーテルを第五元素として語る事は下手をすれば信仰の否定に繋がり兼ねず。だからと言って当然の事、妙薬ポーションエーテルの構成が効能や効果に大きな影響を与える。つまりこの問題を解決させなければ、私以外の術師が同等の効能の妙薬ポーションを生み出す事は不可能という結論に至ってしまう。正に八方塞がりである。


 なので、真っ向から神殿に喧嘩を売る事無く穏便にエーテルには触れずに妙薬ポーションの効能を引き上げる方法を模索していた訳なのだが、流石私と言う事で一案を思い付く。信仰と言う概念でエーテルを系統化せず構成していると言うのなら、同じ理屈で妙薬ポーションも精製できるのでは、と言う事だ。


 解決のヒントは魔石にあった。


 魔石は地脈から漏れる魔力を遺跡を介して吸収して出来た結晶。そして今の魔法技術でもその魔石から直接的に魔力を抽出出来ている点に注目する。これと同じ原理を用いれば従来の素材と技術で私の妙薬ポーション程度の効能ならば再現出来るのではないかと。


 概念として『光』が何かに定着出来るなら神殿には最も条件に適した物がある。神への祈りによって聖別され洗礼された清らかなる水。


 『聖水』と呼ばれる存在が。


 聖水を精錬する事でエーテルを抽出し、妙薬ポーションの素材と再構成させる事で現状の効能を大きく底上げさせる。これならば錬成術を使えない薬術師でも各段に効能を向上させた妙薬ポーションの生産が可能になる筈。加えて神殿を妙薬ポーションが生み出す利権に参入させる事で共通利益を生じさせ神殿との間に互恵関係を構築する。まさに錬金術師だけに悪魔的。かつ一石二鳥で画期的な計画である。


 ともあれ、まだ全ては机上の空論。まずはその妙薬試作品を作り出し効能を調べる事から始めなければ為らない。それに仮に精製に成功したとしても、肝心要の神殿との交渉に必要な人脈をまったく持ち合わせてもいない。


 つまりはまだ何も始まってすらいないのだ。けれどもこの試みは試金石。


 神殿と冒険者ギルド。二大勢力の協力を得られれば行く行くは大陸全域に向上した妙薬ポーションの安定した生産と供給を視野に入れられる。それを為し得れば革新的な知識は時代を狭め、真の意味で世界は一歩前へと進む事になるだろう。







 

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