四幕目

「そうですね……では新たな契約を結ぶ前に、まずは納得するに足る相応の事情とやらを説明して貰えますか」


「それは尤もな提案です。ではマリア」


「それでは私が組合長に代わりまして説明をさせて頂きます」


 優男に促されて控えていた美人さんが引き継ぐ形で前に出る。彼女の名はマリアベル・マルレーテさん。昔は優男と同じパーティーで遺跡調査に参加していたと言う元最高位冒険者さんである。三年前に優男が組合長に就任した折に冒険者を退いて王都にやって来たらしい。つまり二人は『そういう仲』なのだとギルド内では専らの噂である。全く以て腹立たしい限りだ。


「クリスさんは冒険者ギルドの主な活動内容については御存知でしょうか?」


「一般的に知られている程度には……ですかね」


 私の時代には冒険者と呼称される様な存在は理念としては兎も角。組織としては原型すら存在していなかった事やまだまだ目覚めてから二年足らず。興味の薄かった分野ゆえに後回しにした結果、知識量が足りていないのは否めない事実であった。ゆえに私の認識は浅く不完全なモノと不本意ながら注釈は必要だろう。


 さてっ。それを踏まえ、冒険者ギルドの発足は今から二百年前に遡ると言う。信仰や魔法と言う特殊な関係性を保持していない只の人の組織としては中々に長い歴史のある制度とは言えるだろうか。


 彼らの主たる目的は大陸に数多点在する過去の文明の名残。曰く『遺跡』の調査。それが最もらしいお題目らしいのだが、私からすれば端的に言って墓荒しの類いである。幾分か辛辣な言い回しはしたが、別段にそれが蛮行であると思っている訳でも悪感情を抱いている訳でもない。寧ろ、この青銅期じだいであればこそ、古きを温めて新しきを知る。過去の叡知から学べる事も多いだろう。


 人類の歴史を紐解いて、文献に残る文明は数えて三つ。


 繁栄を極めた我らが『黄金』


 調和の下に栄えたとされる『白銀』


 そして、二つの時代の遺産を求め争い続けた結果、衰退したのが現在の『青銅』の時代、と歴史には綴られている。全く以て嘆かわしい。国同士での遺物アーティファクトの。遺跡の奪い合いが衰退の要因なのだと語られれば、その余りの愚かしさに呆れてつい表現も辛辣にもなろうと言うものだ。


 蛇足感は否めぬが、それでも結果として最終的には二百年前に終結した大戦を機に大陸の諸国は遺跡に関して歴史的な一つの条約を締結したと文献には記されている。それが国家が遺跡調査に直接関与する事を禁じた『不可侵領域』の設定。これにより、新たな枠組みとして大陸諸国は挙って自国の都に冒険者ギルドを設立し、遺跡調査を委託する条件として国への帰属を求め、引き換えに遺物アーティファクトの譲渡権の対価として法外な支援と独自の権限を冒険者ギルドへと与えた。


 新たなる蛮行は名を変えて。俗にこれが冒険者の黄金期の始まりであったと言われている。


「ではその辺りの概要は割愛させて頂きますね」


「はい、問題ありませんよ」


「此処からが本題となるのですが、クリスさんは我々の主な収入源である魔石については?」


「確か遺跡から採石されるがゆえに国から冒険者ギルドが独占的に売買の権利を与えられている鉱石であると。正直、その程度の認識なので余り詳しくは無いですね」


 半分は本音で半分は嘘であった。魔法結晶が劣化した錬成すら出来ない下位互換の鉱石。調べるに足りぬ粗悪品がゆえにその程度の認識なのである。尤も今の世ではそれなりに重宝されているらしく、各種ギルドからは素材として活用され、日常の中でも街灯の光源として使用されるなど多岐に渡って広く人々の生活を支えている重要なモノらしい。


 既に触媒としての価値は消失してはいても、微細ながらも魔石に蓄えられた魔素を直接的な方法で活用する今の技術は退化したなりに上手く考えられた技術形態であるとは言えようか。ともあれ、それゆえに昨今では遺跡の調査よりもその魔石の採集が冒険者たちの生活の糧となっているらしい。


 冒険者が日々の糧としてそれだけの数を安定して得られていると言う事と、魔石の採石場所が遺跡の近辺に限られている事を考えても、恐らくは地脈の影響で漏れ出た魔力を吸収した鉱石の一部が魔石へと変成しているのだろうと推測する。根拠としては明らかで。今尚残る程の遺跡ともなれば、大半の建造物は地脈に流れる魔力を利用する為に最適な場所に建造されているだろう事は想像に難しくないからだ。その手の建造物の設計に多く関わって来た経験からも理には適っているし大筋は間違ってはいない筈である。


「魔石は我々冒険者ギルドが利権を持つ主たる財源なのですが、近年、差し迫って供給が滞っている為に既に各国でその需要と供給の均衡が崩れかけているのです」


「つまり冒険者の手による魔石の採石が難しくなっていると言う事でしょうか?」


「その通りです」


「魔石が枯渇している、と言う事ですか」


 自分で問うておいて何なのだが、地脈が枯れれば大地は死ぬ。其ほどまでに膨大な魔力が日々生じては流れ。その余波が大地を育みその有り様はまさに悠久なる大河の如く。一端でもその恩恵にあやかり精錬され変成しているのであろう魔石が枯渇と言うのは我ながらおかしな話だとは感じていた。


「いいえ、原因はもっと根本的な問題にあるのです」


 何か複雑な理由があるのだろう、マリアベルさんは美しいかんばせを曇らせる。しかしながら他所の庭は青く見える理論ゆえであろうか。彼女が人様のものだと思えばこそ余計に美しく魅力的な女性に見えてしまうのは何故なのだろう、と不謹慎な上に場違いな事をふと考えてしまう。


「神殿が我々とのこれ迄の取り決めを一方的に改め、治癒術師ヒーラの派遣に個別の報酬とは別に神殿に対して法外な派遣料を科して以降、回復役の参加が激減した結果、採石を主としている低位の冒険者たちに留まらず本来は遺跡の探索に挑んでいた中位からの冒険者たちも調査の中断を余儀なくされているのです」


 マリアベルさんの悲嘆の籠った声音に、そう言えば『この時代』では治癒魔法ヒールは魔法職全般が扱える一般的な魔術体系からは逸脱していた事を思い出す。勿論の事、私は其なりに高位の治癒魔法を扱える訳ではあるが、幾分とこの辺の事情は複雑なので、今、此処で語るのは控えておく事にする。


「神殿側に何かしらの政治的な思惑が働いて治癒術師の協力が得難くなり、その打開策の一環として少しでも妙薬ポーションを必要とされているのは理解出来ました。けれど」


 と、マリアベルさんの話の内容の随所に違和感を覚えた私は一拍程、間を空けて。前置きはさておくとしても、どうしても分からない事がある。その疑問を解消させなければ恐らくはこの先の議題に入ったとしてもまるで話が噛み合わない気がしたのだ。


「遺跡内であれば盗掘対策に設置されているであろう罠の類いもあるでしょうし、治癒術師を保険として同行させたい旨は分かります。しかし何故、魔石の採集にまで治癒術師が必要なのですか? 薬草の採取とは異なって、遺跡の不可侵領域には獰猛な獣の巣でもあって相応に危険を伴うモノなんですか?」


「獣……相応ですって?」


 これまで一貫して友好的であったマリアベルさんの表情が強ばる。一変した雰囲気で自分が不用意に虎の尾を踏んでしまった事を悟ったが後の祭り。発してしまった言葉は無かった事にもまして戻る事もない。


 一刻の重い沈黙。


「いえ、そうね……ご免なさい。貴女は本当に何も知らないだけなのに」


 私が謝罪の言葉を模索している間にマリアベルさんの方が先に口を開いていた。それは憤りの言葉でも罵倒でもなく理不尽に感情を高ぶらせてしまった事への純粋な謝意であった。私の無知に対して怒りはなく失望はなく、けれど確かな悲しげな響きだけが何処にはあった。


「クリスさん。遺跡を中心とした不可侵領域の境界の選定には相応の意味があるのです。それは領域内に自然発生し徘徊している魔物の活動限界点。ゆえに境界を越えて魔物が現れる事はありませんが、逆に一歩でも踏み込めば認識された時点で襲われる事になるのです」


 余りの衝撃的な発言を前にして軽く目眩を感じる。


 マリアベルさんが冗談を言っているとは到底思えないが。いやいや、それでも流石にあり得ない。そんな非常識な生き物が自然界に存在して良い筈がないからだ。


 私は目線をマリアベルさんに。そして流れる様に優男へと向ける。が、二人の瞳に宿る色を目にして今度こそ本当に頭を抱えたい衝動に駈られてしまう。やれやれ、これは中々に厄介な話になって来たようである。





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