二幕目
私が目覚めてから初めに驚かされたのは、今の世には錬金術師が、厳密に言うならば錬金術師と言う正式な職業が遠に廃れ、存在してはいないと言う歴史的な事実であった。
魔法学上において錬金術を構成する要件。言い換えるのであれば錬金術師が司る分野は大別して三種類。
錬成。
精錬。
そして
である。
その内、
時を経て錬金術の記憶は薄れ、歴史も彼方。今や名乗る者は漏れなく自称、もっと言えばギルドに属さぬ紛い物の扱いを受ける身に。晴れて詐欺師の類いの仲間入り、と。さてさて、自虐込みの現状認識はさておいて、更に理解を深める為に、敢えて最後に回した根本的な疑問の説明させて貰うとしよう。
では、最後に。錬金術においての錬成について。
そもそも論として、何故錬金術が衰退では無く『消滅』したのかと言えばこの一点に尽きると言っても過言ではないだろう。大分勿体ぶったが話は端的に錬金術師が錬金術師たる所以である錬成に必要な触媒が極端に入手し辛い時代になってしまった為であろう、と推測出来る。
では触媒とは何ぞや、と言う話になる。
一般的に直ぐ思い付くだろう想像は、魔物や竜などの空想上の化け物たちの存在であろうか?
いやいや、ちょっと待って欲しい。
記憶を千年の時ほど遡ってもそんな規格外の生物は見掛けた事がない。はっきりと断言しよう。そんな化け物たちは昔も今も少なくともこの世界に存在していた事実は無いのだ、と。
しかし。
私の記憶の上で決定的な差異を感じさせる物質なら存在する。
それは遥かな昔には高純度で良質なソレが潤沢に存在し現在では純度を大きく劣化させ、錬金術を秘術足らしめたる要であった触媒としての価値を消失させてしまったモノ。それが嘗ては魔法結晶と呼ばれ、現在では魔石と呼ばれるモノの総称であった。
錬成の秘術において触媒は等価の象徴。天秤の両杯。
秘術と対と為るがゆえに触媒とは自然界に存在する物質に非ず、魔法結晶を錬成する事で生み出される魔具の総称を指し。そして悲しいかな、現在採石出来る魔法結晶が劣化して誕生した魔石には、錬成に耐え得るだけの魔力量が決定的に足りていなかったのだ。
さてもうお気づきだろうが……魔法結晶を錬成しなければ魔具を生み出せず、魔具と言う触媒が無ければ錬金術は基礎的な魔法すら行使する事は敵わない。つまりは金属や物質を黄金などに変成させる秘術も、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に昇華させると言う錬金術師が挑むべき命題にも至れるどころか試みる道すら閉ざされたと言えるだろう。
結果どうなったかは語るまでも無い。
錬金術師たちは存在理由とも言える錬成の術を失った事で、錬金術そのものが価値を失い消失した。
それが千年の結果の全てである。
★★★
「いらっしゃいませ!! 御購入でしょうか? 御買取でしょうか?」
此処は冒険者ギルドの買い付け窓口。
私は受付嬢としての業務を果たす為、何時もの様に笑顔で冒険者の皆さんをお迎えする。
「相変わらず今日も元気だね、買取お願いしても良いかな?」
変わらぬ日常。
繰り返す毎日。
「はいっ、買取ですね」
と、笑顔で応える私に顔馴染みの冒険者さんが懐から小ぶりの魔石を取り出してカウンターへと置いた。
ソレは黒く透き通る小指大の硝子の結晶の様なモノ。私は手順通り渡されたソレを摘まむ様に手に取ると、翳して覗き込む。魔石に傷や欠損が無いかを確認する為だ。
「確認させて頂きました。では規定価格の五万ディールで受けさせて頂きますが宜しいでしょうか?」
ああ……頼むよ。
微笑む彼の表情が何処か寂しそうで……私は察してしまう。が、気付かぬ振りを突き通す。
一攫千金を夢見て遺跡を調査する冒険者の時代は終わった。
誰かがそんな事を言っていた事を思い出す。
冒険の終わり……時代は変わったのだと。
「どうしたの、浮かない顔をして?」
「あっ!! いいえ……何でも」
表情に出してしまったのだろう、ギルドの職員としてあるまじき失態だ。そして何時もの日課、繰り返す日々の癖だったのだろう、私は無意識に馴染みの彼の仲間の姿を探して視線を宙に彷徨わせてしまう。
刹那の刻。体感でも一瞬。すぐに視線を戻した私に
「アイツらはもう居ない」
と、彼は寂しく笑うのだった。あの束の間で気付くと言う事は私に、いや、誰かに気付いて、話を聞いて欲しかったのだろう、と。瞬時に悟り私は覚悟を決める。この話題に踏み込む覚悟を。
「一人死んだよ……もう一人は重傷でさ、例え傷が癒えても二度と歩けないんだってよ。とんだ藪医者だよな」
淡々と語る彼の表情は、だが何処か救いを求めている様で……だから私は黙って続く彼の言葉を待つ。
「引退して田舎に帰るよ、王都は物価も高いしそれに安定した収入が無いとアイツに仕送りしてやる事も出来ないからさ」
村の幼馴染みを冒険者に誘った己の責任を。自分だけが生き延びた罪悪感を晴らし償う為にも最後まで面倒は見てやりたいんだと彼は微笑んだ。
「あっ、あの、神殿の司祭様なら……その……」
「残念だけど完治するかも分からない
神殿の司祭様の
「なあ……あの
彼の声音からもソレが一般に販売している
「申し訳有りません、
既に予約は二ヵ月待ちまで埋まっている……なら三ヵ月まてば買えるのかと言えばそう言う話では無い。余りにも購入希望者が多すぎて処理が追い付かず、混乱を避ける為に上限を二ヵ月で切っているだけ。つまり常時完売状態というだけの話なのだ。彼もそれを分かっていて聞いているのだろう、だから私も敢えて感情を殺して冷静に告げた。
「ならっ!!」
と、彼は声を荒げるが、はっと気付いたのだろう、落ち着きを取り戻し、今度は周囲を気にする様子で声を落として言葉を紡ぐ。
「絶対に他言しないと約束する、誓って口外しないから俺に
落とした声の調子に比例して紡がれた言葉は私の予想通りのものだった。尤も当たったからと言っても喜べる類いの話ではないのは言うまでもない。
「それは……お答えしかねます」
これはギルドの決まり。
そう答えろと教えられた模範解答。
勿論の事、感情論を優先して良いなら応じて上げたい。けれども実際は教えてあげたくとも本当に知らないのだ。私の様な下級職員に守秘義務が発生する様な重要な情報が降りて来る筈も無いからだ。
「無茶を言って済まない」
頭を下げ続けている私の肩越しに彼の声が聞こえる。其処に落胆は無い……感じられるのは諦めの響きだけだ。彼が食い下がってこないのは私の立場を。同時に悔しくもあるが、受付嬢が有している職務権限の低さをも理解していると言う事なのだろう。
尚の事、理解していても尚、それでも縋らずにいられなかったのだろう、彼の言葉の重みに、心情に、私は言葉を失い項垂れてしまう。沈黙が流れ、軈て並べられた銀貨を手にする彼の傷だらけの腕だけが低い私の視界に映り込み。別れの言葉も無く彼は去って行く。それでも彼の気配が完全に消えるまで、私は頭を上げる事が出来なかった。
冒険者さんたちが日々命の危険を賭して入手して来る魔石の売却価格は五万ディール。
三人パーティーなら等分で一万六千ディール弱。
五人パーティーなら一万ディール。
それが彼らの命の値段。
王都は物価は高いが人口に比例して仕事の口はそれなりに多い。一律では無いけれど知り合いの旦那さんは力仕事で一日一万ディールは稼げると言う。姉は酒場の給仕で食事付でも五千ディールは安いと愚痴をこぼしていたのを思い出す。
冒険者には夢が無い……誰かがそう言っていた。
誰もがそう言っていた。
こんな日は私も思ってしまう。
その通りだと。
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