それぞれの常識

三鹿ショート

それぞれの常識

 あらゆる事柄において、全ての人間が同様であるということは無い。

 例えば、暴力を嫌う人間も存在すれば、他者を傷つけることに喜びを抱く人間も存在している。

 ゆえに、人間それぞれの常識というものもまた、異なっている。

 私が普通だと考えていることが異常だと考える人間も存在し、私が異常だと恐れるような言動を当然のように実行する人間も存在するだろう。

 そのような存在と出会ったことがなかったために、どれほど危険な人間であるのか、私は想像することしかできなかった。

 同時に、普通に生活している私がそのような人間に会うことは無いだろうと、楽観していた。

 だからこそ、私が恐怖を抱いてしまうような人間が彼女だったことに、私は驚きを隠すことができなかったのである。


***


 彼女の家族に挨拶をするべく、私は彼女の実家へと向かった。

 家の前から隣家を目にすることができないほどの過疎地だが、都会で育った私にしてみれば、良い解放感だった。

 彼女の家族は、私を笑顔で迎えてくれた。

 一人娘であるために、今後も私が彼女を大事にするのかどうかを強く問われるに違いないと覚悟していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 彼女の家族としばらく会話をした後、彼女の両親が食事の準備をするために、その間に近所を散歩してきてはどうかと提案された。

 彼女が案内してくれるということだったために、私は彼女と手を繋ぎ、彼女の実家を出た。

 すれ違う人間は皆無であり、聞こえてくるものは虫の声くらいだったが、寂しさを感ずることはなかった。

 隣を歩く彼女が存在していれば、他に必要なものは無かったのである。

 彼女が幼少の時分に遊んだ場所などを巡った後、我々は彼女の実家へと戻ることにした。


***


 食卓に並んだ料理の数々を見て、私は己の目に異常を生じたのではないかという不安を抱いた。

 だが、何度目を擦ったところで、人間の頭部をくり抜き、其処に多くの目玉が詰め込まれているようにしか見えなかった。

 肉のようなものも多く並んでいるが、眼前の頭部の存在を考えると、それらが家畜ではないことは容易に想像することができる。

 言葉を失っている私に対して、彼女は何の迷いも無く皿を手に取ると、其処に幾つもの目玉を載せ、私に差し出してきた。

 彼女の家族もまた、何食わぬ顔で皿に料理を載せていることから、このような風景がこの家族にとっては当然のことなのだろう。

 ただ目を見開くことしかできない私を余所に、彼女とその家族は食事を開始する。

 彼女は目玉を噛み潰し、嚥下すると、嬉しそうな様子を見せた。

 その姿を見ながら、彼女の父親は満足そうに頷いた。

「今朝に入手したばかりのものゆえに、新鮮で良い味だろう」

 何の疑問も無く食事を進めている人々を見て、私は思わず彼女の実家を飛び出した。

 背後から私を呼ぶ声が聞こえてくるが、私は一心不乱に駆けた。

 気が付いたときには、制服姿の人間に保護されていた。

 どのようにして保護されたのかは憶えていないが、制服姿の人間いわく、保護した当時の私は、半狂乱と化して叫んでいたらしい。

 正気を取り戻したために、私は彼女の実家について語った。

 その話を聞いた途端、制服姿の人間たちは目の色を変えた。

 そして、険しい顔つきの人間が多く集まると、私に対して、その家まで案内するようにと告げてきた。

 私は彼らに従い、彼女の実家まで案内することにした。


***


 到着したときには、彼女の実家は炎に包まれていた。

 消火活動が終了し、内部を調べたところ、多くの人骨が発見されたらしい。

 それから彼女とその家族は、見かければ即座に逮捕する対象と化したのだが、発見されることはなかった。


***


 食事をする度に、彼女の実家でのことを思い出す。

 彼女とその家族にとっては普通の食事だったのだろうが、それが大多数の常識とはかけ離れ、理解することができないものであったために、迫害されることになった。

 もしも私が彼女の実家で出された料理を口にした場合、私もまた、彼女たちの側に立つことになっていたのだろうか。

 食べることはなかったが、もしかすると、私が想像している以上に、美味なるものだったのではないか。

 間違っているとは考えながらも、私はその好奇心を捨てることができなかった。

 そのようなことを考えながら家に戻ると、洋卓に食事が用意されていた。

 置き手紙が存在していたために中身を確認したところ、それは彼女からだった。

 いわく、用意された食事を口にすれば、どれほど美味であるのかを知ることができるということだった。

 私は、こわごわとその料理を口に運んだ。

 しかし、一度噛んだだけで、私の身体が受け付けることはないと分かった。

 即座に便所へと駆け込み、口の中のものを全て吐き出した。

 便所の壁に背中を預けながら、自分は正常であり、彼女が異常であるのだと、改めて認識した。

 だが、彼女の肉体が極上のものであることに、変わりはなかった。

 道を外れて己の欲望を満たすか、迫害されないために有象無象と化すか。

 平和な日常を送ることを望んでいる私にとって、どちらを選択するのかなど、簡単なことだった。

 私は、己が正常であることを喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それぞれの常識 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ