その5 最終話・真っ白に燃え尽きたが何とかなったあずにゃん
その瞬間、あずにゃんのロボットアームから、銀色の物体が放たれた。それは、おなかに格納されていた銀のお盆、グラスやハンバーガーを載せるためのトレイだった。ブーストモードを宣言する暇もなく、全出力を集中させて、あずにゃんは演算とアームの駆動を瞬時に行ったのだった。
高性能AIによる軌道計算は完璧だった。マスターの目の前で、あずにゃんの投げたトレイは半溶解しながらも熱光線を反射して食い止めた。
第2射の引き金は引かせない。マスターが手にしたビームさすまたが、すかさずうなりをあげて、四人のギャングを次々となぎ払った。
さすまたというものは本来そういう使い方をするものではないのだが、一瞬でかたをつけるためには、力業でぶちのめすしかない。なす術もなく、サングラスの男どもは床に転がった。
「今だ、突入!」
隊長が号令を下し、機動部隊がようやく店に飛び込んできた。
身動きできなくなった男どもを取り押さえ、て、得意げに「確保!」などと叫んでいる機動部隊の隊員たちを、マスターは冷ややかな目で見ていた。
隊長は「遅くなりました」と詫びてくれたが、それ以前の問題だ。こいつらが無駄に派手なやり方でドーム外から突入してこなければ、こんなことにはならなかったのだ。
「あずにゃん! あずにゃん!」
暴風と機動部隊の突入でめちゃくちゃになった店内に、ドロシー嬢の悲痛な叫びが響いた。
あずにゃんは沈黙したまま、熱光線で開いた屋根の穴から射しこむ、人工太陽灯の光に照らされていた。もやはモニター画面も真っ暗で、あの楽し気な顔もそこにはない。
配膳ロボットとしてはあり得ないブーストモードの連発に、あずにゃんの電子基板は耐えられなかったのだった。その高性能ニューロAIチップは、燃え尽きて真っ白な灰になってしまっていた。
「残念だが……」
と慶一マスターは静かな声で告げた。
「あずにゃんの修理には、新品を買うのと同じくらいの費用がかかるだろう。ただでさえ、私はローンで大変なのだ。こうなってはもう、諦めるしかない……」
次の瞬間、マスターはドロシー嬢の美しい脚による回し蹴りを食らって、床に並んだギャング団の隣に転がっていた。
「金で直るんなら何とかしろ!」
彼女の怒りの叫びが、巨大補給母艦内の疑似大地を揺るがす。
「はい、なんとかお金を作ります……」
マスターとしては、涙目でそう答えるしかなかった。
「この娘、なかなかキックの筋がいいぞ。うちの部隊に来てくれんかな」
機動部隊の隊長がのんきにつぶやいた。
そして二か月後、「KEI'S DINER」の店内には、以前と変わらぬ三人の姿があった。
ギャング団の襲撃を未然に防いでくれたということで、ベイサイド・モールの支配人がお礼の挨拶に訪れた際、マスターが必死で頼み込んで、あずにゃんの修理代を立て替えてもらったのだった。
幸い、基板焼損の2ナノ秒前に、あずにゃんは自分の記憶をちゃんと艦内クラウドにバックアップしていた。
天井の穴も艦内のホームセンターで買ってきたトタン板でふさぎ、こうして何もかもが元に戻った。マスターも闇金に手を出したりせずに済んで、まさにめでたしめでたしであった。
「もう、おかしなお客はこりごりですよ」
洗い終えたグラスを磨きながら、ドロシー嬢がため息をつく。
「本当なのにゃ。また真っ白な灰になったりしては困るのにゃ」
モニター画面の中で、あずにゃんの顔がこくこくとうなずいた。パーツを新品に替えてもらったので、以前よりも鮮明でつやつやして見える。
「あんなこと、もう二度とないさ。この平和な海岸ではね」
慶一マスターが目を細めて、窓の向こうを見つめる。燦々と陽が降り注ぐ、明るく青い疑似海原。
その時また、カランコロン、とドアが開いた。
「いらっしゃあい……」
と明るく言いかけて、ドロシー嬢は絶句した。店の外に立っていたのは、ピエロのマスクをかぶり、右手に斧を持った男だった。
同じピエロ族でも、ライバル店のマスコットとは似ても似つかぬ邪悪な迫力。どう見てもあの斧は、人の生き血を吸いたがっているに違いなかった。
あずにゃんが動いた。基板保護のため、一度きりしか使えないブーストモードで、すばやくドアの前に立つ。
「本日は、もう閉店なのにゃ! ベイサイド・モールのマ・クドがおすすめにゃ! あっちは仲間のピエロもいるにゃ!」
「……そうか、じゃあそっちへ行く」
背を向けて去って行く殺人ピエロ。あずにゃんは、そっとドアを閉じた。
こうして、「KEI'S DINER」の二度目の危機は回避された。
ベイサイド・モールのネコ耳配膳ロボと殺人ピエロの死闘がどんな様子だったか。それはまた、別の機会に語ることにしよう。
それでは、またのご来店を。
(完)
巨大母艦の海岸ダイナー、ギャング団との対決(完結・全5話) 天野橋立 @hashidateamano
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