その4 ドロシー嬢大ピンチ、あずにゃん能力開放
「保安警察」という言葉を聞いた瞬間、小柄なサングラスの男、つまりギャング団のボスが素早く立ち上がった。
傍らに突っ立っていたドロシー嬢を羽交い絞めにして、首元に
「済まないね、お嬢さん。我々が安全な場所へ脱出するまで、少々お付き合いしてもらうよ」
「お付き合いしたくない! そこセクハラだし!」
彼女は叫んだが、サングラスの向こうはすでにプロの目で、ボスは本気だった。その本気をもっと早めに発動させていれば、おかしな会話で通報されることもなかったはずだが。
保安警察の馬鹿どもが、とマスターは顔をしかめた。あんな派手な登場の仕方では、悪党どもに気づかれるに決まっている。
しかしともかく、何としてでもドロシー嬢を救出しなければならない。カウンターの下に隠してあるビームさすまたの柄をマスターは密かに握りしめた。
平和な毎日はいったんお預け、戦場で命のやり取りをしていた頃の自分に戻るしかない。
「……その子を、離してやってくれないか」
落ち着いた静かな声で、マスターはギャングたちに呼びかけた。
「残念ながら、もう遅い。さっさとハンバーガーを出してくれていれば、すでに我々は退去していただろう」
ボスもまた、冷静な声で答えた。
「自慢の味を落とすわけにはいかないのでね。ならば、あんた方の逃走に協力しよう。その、トイレの前の床に」
マスターは、左手で床を指さした。
「ハッチがあるだろう? そこを開けば、艦底の
「ほう……」
ボスの気配が緩んだ。
建造から百年とも言われるこの補給母艦には、就役当初に使われていたという古い動力装置群が遺跡のように残されている区画がある。
迷宮のようなその内部については警備本部も把握しきれておらず、ならず者どもの巣窟になっているとも言われていた。
実はこのダイナー、元々軍関係の施設として使われていた建物をマスターがコネを使って払い下げてもらったものなので、そんな通路が残っているのだ。
「『ラビリンス』とは好都合だ。それならば、わざわざ足手まといの人質を抱える必要もない。このお嬢さんは解放してやろう」
「そうそう、足手まといよ、わたしなんか」
ドロシー嬢が、長い手足をじたばたさせる。
「では、そのハッチの電磁ロックを解除しよう」
後ろ手にビームさすまたを隠し、マスターはカウンターから出ようとする。
「待ちな。お前はそこから動くな」
鋭い声で、ギャング団の一人が制止した。
男の手にはいつの間にか熱光線拳銃があり、そのパラボラ銃口がマスターの眉間をぴったりと狙っていた。
「それでは、あんた方も逃げられないぞ。見な」
親指を立てて、マスターは背後を指さす。ダイナーの入り口ドア、そのガラスの向こうに、保安警察の機動部隊がすでに展開しているのが見えた。
「解除の手順を説明している暇はない。その銃を下ろしてくれ」
しかし、ギャング団は微動だにしなかった。マスターの、あまりにも落ち着いた対応が逆に疑念を生んだのだ。
「じゃあ、ボクがハッチを開いてあげるよ!」
あずにゃんが突然、素っ頓狂な声を上げた。
「ハッチの中を毎朝掃除してるボクなら、ちゃんと開けられるさ!」
ギャングたちは、思わず顔を見合わせた。こいつなら、まあ大丈夫そうだ。
「よし、じゃあお前が来な」
ボスがうなずいた。
「あずにゃん……頼めるか?」
マスターが、モニターに映し出されたあずにゃんの顔を見る。なんだか劇画調の絵柄で、きりっとした表情をしている。
「大丈夫にゃ。ドロシー先輩を助けるのにゃ!」
またしても軽快なBGMを奏でながら、あずにゃんはゆっくりとボスのほうへ近づいて行った。否応なしに空気が緩む。
ハッチの上にたどり着いたあずにゃんは、ロボットアームの指先を伸ばして、そばの壁面に埋め込まれた10キーを猛スピードで叩いた。艦の中枢部にもつながる通路の入り口だから厳重だ。
電磁ロックの作動音が聞こえた。炭酸のキャップを開いたような、シュッという音もする。いよいよハッチが開く。マスターとドロシー嬢、そしてあずにゃんが一斉に身構えた。
床の一部が跳ね上がった途端、店内に暴風が吹き荒れた。窓やドアがガタガタと騒ぎ、気流がハッチの下に流れ込む。
艦の内部と、夏の高気圧を演出しているリゾート都市側では与圧に違いがあり、そこには気圧差が生じている。そのため、段階を踏まずにこのハッチを開くと、強い気流が発生してしまうのだ。
マスターたちはもちろん知っていた。だが、不意打ちをくらったギャングたちは、激しい風圧によろめいた。
「ブーストモード!」
あずにゃんが叫び、目にも止まらぬ早業で両肩のロボットアームをボスの右手と顔面に叩き込んだ。叫ぶのは余計なのだが、これも気合いのうちだ。
「ぎゃうお」
ボスが叫んで、
そのボスの腹にドロシー嬢が肘打ちで追い打ちをかけて羽交い絞めから逃げ出し、あずにゃんの背後に隠れる。
マスターがカウンターから飛び出した。右手のビームさすまたが青い光を放ちながら長く伸びる。こいつで連中を制圧して、すべて終わりだ!
しかし、わずかに遅かった。熱光線拳銃を手にしたサングラスの男が、すでに態勢を立て直していたのだ。
マスターに向けられたパラボラ銃口、そして引き金が引かれる。
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