四   杉

 顔を上げると、ほこらの脇に立っていた筈の、背の高い杉の木が、縦に裂けてその大半が倒れているのが目に這入はいった。立ったままに残っているのは、七、八尺ばかりのささくれた幹の残骸。

 雷に撃たれたのであろうか。裂け目の、生木が露出した辺りから、うっすらと煙が立ち上っているのが見え、焦げたような臭いがする。

 そうして、祠は太い枝の下で、ぺしゃんこになっている。

 もともと、屋根も破れ、全体が傾いだような、朽ちかけた祠ではあったが、今やそれすら見る影もなく圧し潰され、ばらばらに崩れている。


 あれは、どうなっただろうか? この祠の裏側にあったのだが。


 近付いてみると、杉の本体となる大部分は、祠の背面側に投げ出されている。

 たくさんの枝に青々と茂った葉。その蔭に――あれをくるんだ新聞紙しんぶんがみ垣間かいま見えた。濡れそぼって、濃い灰色となった新聞紙。

 幸いにも、あれ自身の姿は葉の陰に隠れていてよく判らない。


 ただ、よくよく目を凝らして見て、ぞっとした。

 そこら辺に、何やら黒々としたものがうごめいている。


 さっき、石段を登って行ったあの蟲である。


 草鞋虫そっくりの姿だが、それより二回りほども大きく、黒光りするほど厭に黒々とした――まあ、控えめに言っても、見たばかりで蟲唾むしずが走るような姿かたち。

 その蟲どもが、新聞紙やその周りに、何十とも知れず、わらわらと蝟集いしゅうしている。



 そうだ――たしかに、自分はこの蟲を知っている。知っているのだが、さて――



 こやつらは、勿論、あれの上にもたかっていることだろう――


 一瞬、その画姿えすがたを想像しかけたが、慌てて頭の中から駆逐した。

 どうにも非常にゆゆしく、また、そんな姿を思い描くのは、何だか冒瀆のようにも思われる。



 そのうちに、だんだんと煙の臭いが強くなり、バチバチという音までが聞こえ始めた。

 どうやら、くすぶっていた落雷の残り火が、杉の青葉にでも燃え移ったらしい。


 辺りを見回した。

 誰も居ない。


 祠の周りには、折れた杉の枝や葉がおびただしく散乱している。

 自分はそれらを拾い集め、煙と炎が上がり始めているところにそっと重ねた。


 そうしておいて、来たときよりも足早に境内を後にした。背中では、いよいよバチバチという音が激しくなっている。


 さて、どうしたものだろうか。――このまま知らぬ顔でやって行かれるものか……




                         <続>







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