五  新聞紙

 あれを最初に見付けたのは昨日の朝だった。


 もともと、人気ひとけのない祠は自分にとって安息の場所だった。いつもここで、鳥や蝉の声を聞いたり、蝶が舞うのを観たり、草花を眺めたり――まあ、そればかりではないのだが、そうやって時を過ごしていた。

 ここの近くに越して来たのは昨年のこと。

 それから一年足らずの間に、色々なことがあった。それらの多くは、思い出したくもないようなことばかりだったが、数ヶ月前に、あるきっかけで、この場所を見付けた。

 それ以来、ここでいこうことが、自分にとってかけがえのないならいとなった。


 ところが、昨日の朝、祠の裏で妙な物を見付けてしまった。

 何かをくるんだ新聞紙しんぶんがみである。誰かが棄てて行ったものだろうか。


 近寄ると、隙間から覗いているものがある。


 指先でそっと紙をめくってみて、ぎょっとした。


 ――赤ん坊である。人間の孩児こどもである。


 固く両目を閉じたまま、半ば開いた口は、既に息をしていないらしい。

 へその緒も切られておらず、新聞紙の内側には、血が半乾きになってこびり付いている。

 産み落とされて、まだ幾らも時間が経っていないことが見て取れた。


 早産の胎児であろうか。


 手も足も完全に備わっているのだが、全体が大人の両手に納まる程の大きさで、普通の嬰児えいじにしては――そうは言っても、自分は、その〝普通〟の生まれたての赤ん坊をこの目に見識みしっているわけではないのだが、それにしても、随分と小さ過ぎるように思われる。


 厭なものを見てしまった。


 再び、半ば新聞を被せるようにして、そのまま、そそくさと境内を後にした。


 さて、どうしたものか。


 まず、頭に浮かんだのは、駐在に届くべしとの尋常な判断である。

 しかし、そこはそれ、巡査などには近付きたくもなかった。

 どうも藪蛇になりかねない。

 この尋常ならざる案件との、何らかの関合かかわりあいを真先まっさきに疑われそうな気がした。そこから色々調べられている間に、ここ数ヶ月――それどころか、数年来のあれこれ後昏うしろぐらい不行跡が、芋蔓を手繰るように、すっかり明るみに出てしまうかも知れない。

 そうなっては――まあ、はたから見たら、それほど大したことではないかも知れぬものの、自分の気持ちとしては、とても堪えられない。駄目だ、駄目だ。


 しかし、それにしても……




                         <続>







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