六  三畳間

 思案がまとまらぬまま、気が付けば自分の部屋に辿り着いていた。薄暗い三畳間の柱に背中をもたせ、うずくまるように膝を抱える。


 自分でなくとも、きっと他に誰かが見付けるだろう。そうだ、自分でなくともよいのだ。


 そう思ってもみたが、すぐにその考えは否定せざるを得ないことに思い至った。

 ここ数ヶ月、随分長い時間をあの場所で過ごしているが、これまで誰かを見掛けたことはない。

 蝉や、蝶や、蜻蛉とんぼや、あるいは小鳥や、ごくまれには狸なども姿を見せるのに、人間の姿は誰一人、子供も、大人も、年寄も―― 男も、女も、ただの一度も現れたことはない。


 あそこは、何如いかなる理由かは知らぬが、まつりごとを誰も行わぬようになった廃社に相違あるまい。

 荒れ果て、すさんでしまった、普通の人々にとっては、むしろ忌まわしい場所なのだ。そんなところに、近付く者がある筈もない。

 あの新聞紙しんぶんがみの包みが棄てられたのも、人が寄り付かぬ場所というのを、よくよく踏まえてのことのように思われる。


 そんなことを、つらつら考えているうちに、はっとなった。

 ――ふと、あの女の顔が頭に浮かんだからである。


 ひょっとして、あの女なら――



 いや、それどころか……

 むしろ、あの女――



 否々いやいや、まさか、そんな筈はない。そう、否定してはみたものの、月日を勘定し、場所を勘案してみれば――あり得ないことではない。


 そうだとすれば…… あのとき――


 まさか、そんな筈もあるまい……

 だが、打ち消しても、打ち消しても、ある観念が自分の頭の中心に持上がってくる。繰返し、繰返し――


 どうにも、不都合な方向に、ものごとが符合してしまう。


 何だか、心持ちが悪い――


 急に寒気がして、体の芯からがたがたと震えがおこった。抑えようにも抑えることが出来ない。歯の根が合わない。

 それと共に、はらの底から突上げてくるものがある。

 慌ててかわやへと飛び込んだが、酸っぱい胃液の外に上って来るものとてない――


 さて、どうしたものか……


 憂懼ゆうくすべき未定の事実、どうにもまとまらない思考、懊悩、身体的な不調――

 それぞれが連関し増幅し合いながら、堂々巡りを繰広げている。


 呻吟しんぎんうちに、とうとう日が暮れてしまった。

 ほとほと疲れ果てた。湯にも行かず、飲まず食わずで、ようやくのことに布団を引張り出し、そこに倒れ込んだ。


 その夜中のことである。


 あのように激しい雷雨が襲ったのは――




                         <続>









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