三   祠

 ほこらまでは、狛犬から七、八けんばかり。

 それほど急ではないが非常に狭い石段となっている。

 一つ幸いなのは、ぬかるんだ土の坂ではないということ。石段ならば、履物を甚だしく汚すようなことはなかろう。しかし、ところどころの石が割れたり欠けたりしており、あまっさえ、かなり苔むしている。

 欠けて斜めになった石の上、しかも、湿った苔が覆う段々を踏んで行くと思うと、滑りはせぬだろうかと、いささか剣呑けんのんな気もするし骨でもある。

 それでも、自分には行かねばならぬとの強い思いがある。思いというより、むしろ怖れである。

 なぜそう思うのかは、吾ながら判っているようで、しかと認めたくはない。いずれにしても、己のさまざまな不行跡を深く悔いる気持ちにその根があることは間違いないのだが、それを直視するのはどうもはばかられる。できることなら、可能な限り曖昧にしておきたい。

 いや、そもそも、自分自身がいかほど、あれと連関しているのか、そんなことは金輪際こんりんざい知りたくもない。判らないなら、判らないに越したことはないのである。ただ、このまま見て見ぬ振りは――したくとも、とうていゆるされぬという圧迫感。


 何にしても、こうやって滑らぬよう、一歩一歩踏みしめながら昇って行くしかない。


 なお、この祠に華表とりいは一本も無い。

 ただ、かつてはそうではなかったのだろう。石段の脇には、かすかに朱の色が残る丸木の残骸が、茸や苔に蝕まれ朽ちつつある。要するに、これらが倒れた後に新しいものを寄進する人が誰もいなかったものと見える。


 足許あしもとの用心にのみ気を取られて昇っていると、ふと視界の端を黒いものが掠めて行った。

 何だろう? 見遣ると、随分と大きな草鞋わらじ虫である。自分の歩みよりも遥かに速く、せかせかと先の方を登って行き、もう見えなくなった。

 畢竟ひっきょう、自分は虫に取残された恰好なのだが、はて、あれは本当に草鞋虫なのだろうか?

 本来の草鞋虫から、愛らしさの要素を悉皆しっかい取去り、おぞましさのみを煎じ詰めたような―― あれは、果たして本当の草鞋虫だっただろうか?


 そうするうちに、自分が昇るべき石段も、ようやく残り数段となった。


 はて、これは?

 ふと認識される、ある種の強い違和感――


 どうもこれは、普段とは違う。

 何やら、どうも、明るすぎる――





                         <続>





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