『ガラスの街に閉じ込められる』

小田舵木

『ガラスの街に閉じ込められる』

 私の街はガラスで出来ている。私以外は全て透けている。

 そうは言っても、窓がたくさんある街って意味じゃない。建物も木々も道路もみんな全てガラスで出来ているの。

 その上、ガラスで出来た壁が街を覆ってる。それはまるで城塞じょうさい都市のよう。

 私はその中でひとり暮らしている。何かを待ちながら。


 今日もガラスで出来た靴を履いて歩いてる。まるでシンデレラみたいだけど、違うんだ。ガラスで出来た街はそこら辺中に細かいガラスが散っていて。こういう硬い靴を履いておかないと、足を怪我してしまうんだ。

 空を見上げる。そこにもガラスはある。私の街の上空にはガラスのドームがある。おかげで街はスノードームみたい。

 

 こんな閉じ込められた生活をしていると気が狂いそうになる。

 だけど私は外に出るすべを知らない。

 産まれた時からこの街の中で暮らしている。昔は両親がいたけれど。今は亡くなって一人ぼっち。


 こんな閉じ込められた環境でどうやって生きているんだ?貴方あなたはそう尋ねるかも知れない。だけど大丈夫。私はなんとか生きてる。食べ物とか水とか要らない身体なの。

 私は―ある意味では人間ではないのかも。

 それでは?私は神なのか?それは違うかな。

 私は誰かに創られた存在。でもその意図は知らない。こんなガラスの街に閉じ込めて…一体何がしたかったんだろう?私の造物主は。

 

                   ◆


 私は帰ってくると、家の電気を点ける。

 今日も詰まらない仕事をこなしてきた。別に私がこなさなくてもいい仕事。

 部屋の真ん中にはテーブル。その上にはスノードームが飾られている。

 そいつは不思議なスノードームだ。旅先の土産物屋で買ったのだが。

 中にはガラスの街が広がっていて。そこには少女がひとり暮らしている。スノードームの中で唯一けてない存在として。

 彼女は私のメタファーだ。透明な何かに閉じ込められる人生。それが私の人生。


「ただいま」私はスノードームに向かって言う。返事は―あるはずがない。中で暮らす彼女は私の事を認識していないのだ。

 

 私はスノードームをしばらく眺める。透明な街の中に彼女の姿を探し求める。

 彼女は。ガラスで出来た自分の家のガラスで出来たベットの上で寝ていた。

 可愛い寝顔である。彼女は歳の頃は18歳くらいだろう。そろそろ大人になる年齢。でもまだ子どもっぽさが残る年齢。

 私は彼女に同情する。ああ。可哀想に。透明な何かに人生を阻まれるなんて。

 

 私はキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールを取り出し、あおる。

 口の中に苦味が走る。不味い。なんでこんなモノを呑んでいるのだろうか?

 …酔わないと人生やってられないからかな。

 

                   ◆


 街に光が差し込む。そこら辺中のガラスがきらめきだす。

 その眩しい光で私は目を覚ます。

 今日も朝がやってきてしまった。まだベットの中に居たかったのに。

 だって。起きたって何も起こりはしないんだもの。

 

 私は家の寝室から出て。リビングに移る。そこで窓から差す光を眺めながら微睡まどろむ。

 こんな人生いつまで続くんだろう?ふと思う。

 ガラスの街に閉じ込められて、何も出来ないまま死んでいく。

 ここに造物主の意思があるのだろうか?私は何も出来ないまま死んでいく…

  

                   ◆


 私は二日酔いと共に起きる。ああ。やってしまったな。

 部屋のカーテンを開けて光を呼び込む。

 中心のテーブルに置いてあるスノードームは輝いていて。

 私はその中を覗き込んでみる。家の辺りをみれば少女はベットから起きてリビングに移って微睡んでいる。

 今日も詰まらない、といった顔をした彼女は虚空を眺めて憂鬱そうだ。

 私は彼女に対して申し訳ないような気分になってくる。このスノードームを割って、彼女を外に出してやった方が良いのではないか?

 だが。それは出来ない相談だ。

 このスノードームを覆うガラスは特別製らしい。落とそうが叩こうが滅多な事では傷一つはいらない。

 

 私はスノードームを眺めるのを止めて、朝食の準備をし。

 味気ないトーストを食べると身支度を整え、会社に出勤。

 ああ。今日も始まる。見えない何かに阻まれる日々が。

 

                   ◆


 私は街を歩く。目的もなく。

 踏みしめる地面は細かいガラス片で覆われていて。ジャリジャリと音をたてる。

 眼の前に花が現れた。名もない花。それもガラスで出来ていて。

 私はしゃがんでその花びらに触れてみる。冷たい。まるで死んでいるかのよう。

 

 そう。この街は死んでいる。

 私はずっと前からそう思っている。私だけがこの街で生きている。

 そこには神の意思など感じれない。あるのは造物した者の悪意だけ。

 どうして私をこの街に閉じ込めるの?私は空に向かって問うてみる。

 返事などありはしない。

 

                   ◆


 私は二日酔いながらも残業をしっかりこなして帰ってくる。

 部屋に明かりを点けて。部屋の中央のスノードームに向かっていく。

 その中に暮らす少女を探し求めてみる。彼女は家に居ない。

 街のはずれの野原で彼女を見つけた。彼女は花に触れながら空を仰いでいる。

 その顔は悲壮で。思わず涙をこぼしそうになる。

 彼女は…何をしているのだろうか?

 自分の存在を神に問うているのだろうか?

 

 このスノードームはある職人が最後に作ったものらしい。土産物屋の店主から聞いた。

 そのある職人に家族が居た。だが病で妻と子どもを亡くしたらしい。

 そしてその病は店主をも死に追いやろうとして。それに抵抗するようにこの最後の作品を作りあげたらしい。

 そのスノードームには思いが込められた。せめて。娘だけは生かしておいてやりたいと。ガラスの中に閉じ込められた存在でも。

 

                   ◆


 ガラスの街は光を乱反射させている。その光は白色光。暖かさはない。

 私は花を眺め終えると、それを踏み潰してしまう。なんだか腹がたってきてしまったのだ。

「どうして、私はこの街に閉じ込められなきゃいけないの?」私はひとり問う。

 その声はガラスの街に吸い込まれていって。後には虚しさだけが残る。

 

 私は街に戻る。誰も居ないのに、建物だけはしっかり建っている街に。

 街並みは人が多く住んでるように錯覚させるが、それは気のせいだ。誰も居やしない。

 その上。動物もめったに現れない。たまにガラスで出来たカラスや鳩がいるくらいだ。

 生命が感じられない街。どこかスクリーン越しに見ているかのように像がぼやける街。それが私の街。

 私は永遠にこの街に囚われたまま…

 

                   ◆


 私は仕事から帰ってきたのだが。

 気分が悪い。具合が悪いという意味ではない。機嫌が悪いのだ。

 仕事で嫌な事があった。それは私のせいではなかった。環境がそういう状況を作り出し、私はそこに巻き込まれてしまったのだ。

「くそっ」私は叫ぶ。だが気分は晴れない。

 手に握りしめていたキーホルダー。そいつをそこら辺に投げつける。

 キーホルダーは窓の方に向かっていく。そしてそこに下がっているカーテンにぶつかり、落ちる。

「だああああ」私は叫ぶ。意味もなく。近所の住民から苦情が入らなければ良いのだが。

 そんなことをしている内に部屋の真ん中のテーブルに置いたスノードームが目に入る。


 コイツをぶん投げたら―どんな気持ちがするだろう?


 ふと起きる興味。割れはしないだろう。なんたって特別なガラスで覆われていて、落とそうが叩こうが傷一つ入らないのだ。


 気がつくと―私はスノードームを持ちあげていた。手にはしっかりとした重み。

 右のてのひらに収まったそれを私は眺める。そして少女を探し求めるが―居ない。街の中をうろついているんだろう。

 

 私は振りかぶり始めた。頭の後ろにスノードーム。

 一瞬ためらいが出る。なんだか取り返しがつかない事をしているような気がして。

 だが。湧き上がる怒りがためらいをどこかに押し流した。

 

 スノードームが宙を舞う。

 それは私の部屋の窓の方に吹っ飛んでいって。

 カーテンにぶつかった後、窓ガラスが割れる音がした。

「しまった」時すでに遅し。

 私は窓の方に向かっていく。割れた窓ガラスはそこら辺に広がっていた。

 ああ。これで余計な出費が出来てしまったぞ。

 

 割れた窓ガラスを始末する私。そこには惨めさがあった。

 ベランダ側にも割れたガラスは散らばっている。

 そして。エアコンの室外機の近くにスノードームはあった。あったのだが―


 街が割れていた。スノードームの中が割れたガラスで満たされている。

  

                   ◆


 それは突然起きた。急にふわっとした感覚に襲われ。

 気が付いたら凄い衝撃が街に走っていた。響き渡る地響きが私の鼓膜を打つ。


 街が―割れていた。

 たくさんのガラスの破片が宙を舞っていた。その中で私も何故か宙を舞っていて。

 どうしてだろう?一応、重力に縛りつけられていたはずなのに。

 身体を探し求めてみる。急に不安になったのだ。私の身体が何処かにいったのではないか?と。


 身体は―割れていた。透明ではないはずの私の身体は粉々に砕けていた。

 そして辺りの透明なガラス達と混じって浮かんでいる。

 では?今考えている私は何なのだろう?

 どうやって視界を保っているんだろう?

 その答えはない。

 

 私の足が、手が、お腹が、頭が、バラバラに砕けて宙を舞っている―

 ああ。私はガラスで創られた創りものだったのか。

 やっとわかった。

  

                   ◆


 私は中のガラスがぐちゃぐちゃに割れたスノードームを部屋に持って帰って来ていた。

 中ではガラスが舞っていて。透明なそれは光を反射させて輝いていたのだが。

 ああ。見つけてしまったぞ。少女のバラバラに砕けた身体を。

 私はそれを見て不思議な気持ちになる。彼女もまたガラスで出来ていたのか。

 当たり前と言えば当たり前なのだが、彼女の生活ぶりを知っていた私はなんだか納得が出来ない。

 

 ベットの上に鎮座するスノードーム。それを胡座あぐらをかいて座って見守る私。

 ガラスの中には混沌カオスがある。それは神話で知る世界の始まりに似ていた。

 これじゃまるで神だな、と私は思う。全然その資格はないのだが。

 

 私はスノードームを撫でる。冷たいそれは傷一つできてない。

 しばらく撫で回す。意味のない行動だが、そうしていると少し気分が落ち着いたのだ。

 すると―水晶の中のガラスが急にくるくると渦を巻き始めた。

「なんだこれ?」私は思わず呟く。

 

 私はスノードームを持ち上げて、顔の近くに持ってくる。

 相変わらず、中のガラス達は宙を舞っていたのだが。

 私の手が―ガラスのドームに吸い込まれていく。

 そう。私はスノードームに吸い込まれそうになっている。

 手が、顔が、腹が、足が、スノードームの中に吸い込まれていく…

 

                   ◆


 気がつけば。私はベットの上で寝転んでいるのだが。

 そいつは―ガラスで出来ていた。

「…」言葉が出ない。そういう夢を見ている…そう思いたい。

 私は上半身を起こして自分の手を見てみる。そこにはいつも通りの手があった。

 でも。これが現実ならば。私はガラスで出来ているはず…

 私は手を思いっきり太ももに叩きつけてみる。

 シャン、という音が鳴り響いた。

 ああ。私はガラスの身体になってしまったのだ。そして。このスノードームに閉じ込められてしまった…

 

                   ◆


 私は目を覚ます。すると見慣れない部屋が広がっていて。

 ベットは―ガラスで出来ていない。よく分からないふわふわなモノが私を覆っている。

 頭を横に向けると、ガラスで出来た玉があり。

 その中には私が暮らしていたようなガラスの街が広がっていた。

「…これが私の世界だったモノ。狭い世界に生きてたんだな」私はつぶやく。

 そして。私は見つける。20代後半くらいの女の人を。

 ああ。今度は貴女あなたが閉じ込められるのね。そう思う。

 

 部屋が妙に寒いので、カーテンの辺りに行くと、ガラスが割れていた。

  

                   ◆


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『ガラスの街に閉じ込められる』 小田舵木 @odakajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ