祈る機械

琴吹風遠-ことぶきかざね

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「12号、12号、こちらに来てほしい」

「はい何か見つけましたか、23号」


 それは敵の殲滅作戦による後処理でのことだった。

 座標はN43とE18。今から二か月前に敵アンドロイドの掃討作戦が実行され、この地は不毛と化した。

 その残骸と敵の生き残りを捜索中だった。


 この作戦は当初は大きな争いの引き金になると上層部も敬遠気味だった。

 それはこの地で未登録のアンドロイドの反応があったためである。


 2か月前、この座標からかなり微弱ながらもアンドロイドの生存反応があった。

 反応当時は生存者として救出作戦を計画していたが、敵兵士の数や地形を調査すると明らかに不可思議な点が多かった。


 戦闘兵の数が明らかに多すぎる。


 そして建造物も多く、敵が奇襲をかけるにはあまりに美味しすぎる地形であった。

 そんな場所に数か月も同じアンドロイドの反応があるとは考えにくい。

 そして上層部が出した結論がそのアンドロイドも敵勢力であるという決断だった。

 もし本当に我々人類に敵対する存在ではなく、命からがら生き残っていた生存者だったならば責任を全て管制組織に向けることを条件に救出作戦という名前を掃討作戦に変えて1ヵ月前に実行に移した。


「23号、そこの調査はあんたの仕事だろ」

「確かにそうだが、これを報告すべきだと思ったのだ」


 調査の道中で3階建てのビルぐらいの高さの教会を見つけた。

 教会の外壁は業火により焼かれて、その残滓を残すように黒ずんでいる。

 敵の掃討に使われたのはEL-M83特殊テルミットマグネシウム式六角焼夷弾だった。

 手を汚さない兵器を用いた意味は効率化以外にない。

 もはやこの選択を下した軍師の勘は、生存しているアンドロイドが敵であると決めつけているようだった。


 しかし結果は良好。

 現在、この教会周辺は敵アンドロイドの灰どころか虫の死骸一つとない。

 そして生存反応があった謎のアンドロイドも消えた。


 大団円で作戦を終えればよかったが、消えたアンドロイドが本当に敵側だったのかと軍部がメディアによって追及が入ったのだ。

 もはや敵であると結論付けた以上は詮索など必要など不要だった。


 それに、消滅したとしてもそれは「アンドロイド」である。

 無論、そんな情のない言葉は公然には出していない。

 しかし頭の良い大衆と戦闘に参加したアンドロイドたちには薄々真意を受け取るには容易だった。


「これがそのアンドロイドですか」

「わからない」

「じゃあ死体の回収班を呼んできます」


 教会を探索していた23号は一番近くで単独調査を行っていた12号を呼んだ。

 何かを発見次第にほかのアンドロイドと情報を共有するように指揮官からも指示があった。

 教会の内部は焼夷弾の脅威にさらされた様子はなく、いまだに人間が生活していた痕跡が残っているようだった。


 しかしそれももう過去の産物と呼ぶにふさわしかった。

 ただ暗雲から漏れる濁った光を割れた窓から受け取る聖母像と、燃えた布と皿、そして無残にも虫に食われて綿の出たぬいぐるみがあるだけだった。

 その中にただ一人、一寸たりとも動かない人影があるのが見えた。

 23号もはじめは、聖母像のひとつが床に転がっている、あるいは人の死体が偶然座ったままになっているだけだと思って近づいた。


 しかしその正体はアンドロイドだったのだ。


「……死んでいますよ」

「それはわかっている」

「骨格の構造からしてアレクス社かウィンドブル社のものでしょうか。型番が消えてしまって見えませんし所属部隊もわかりません。あるいはさらに旧式のアンドロイドということもありますね」

「あぁ、しかし指揮官オペレーターらしき死体はそこで見つけた」

「つまりこのアンドロイドは何かの作戦中に教会に逃げ込んだ人類側のアンドロイドということで間違いはないでしょう」


 少なくとも敵ではない。

 もし敵のアンドロイドならば人間の指揮官オペレーターは用意しない。

 そしてもっともメディアが危惧していたことが、事実であることもこの座ったまま死に絶えたアンドロイドが語っていた。


 彼女は敵勢力ではなかった。


 ただの生きていた我々のアンドロイドだった。


「報告内容に記載しておきます」

「それは少し待ってくれ。この場所は頑丈なようで、焼夷弾で内部まで焼かれていない。それなのに死んでいたということは我々が手を下す前から死んでいたことになる」

「ということは」


「もう、助けるには遅すぎたということだ」

「……」


 しかし23号も12号も同胞の死を嘆くことはなかった。

 それはやはりこの作戦で大手を振った上の連中と思考が同じだったから。

 自分たちも肉と脳と少しの感情を所持している道具程度であると自覚をしている。

 そしてそれは他のアンドロイドに対しても同様だからだった。

 所詮、アンドロイド風情の生死は思ったよりも浅い。

 だからこそ、この横にならずに死に絶えた同胞だったモノに情など抱かないのだ。


「……ではどうして私を呼んだのでしょうか、23号」


 単独行動をしていた12号もまだ仕事が残っている。

 もちろん暇ではないことは23号も理解しているが、それでも12号にこのアンドロイドについて情報を共有すべきだと判断した。


「このアンドロイド、よく見てほしい」

「はい?」


 正座で座ったまま死んだアンドロイドは少し押しただけで倒れて壊れてしまいそうだった。

 12号は注意を払いながら教会の床に散らばったがれきを避けて死んだアンドロイドに近づいた。


「いえ、特に問題はありません」

「いいや、手を見てほしいのだ」

「手、ですか」


 アンドロイドの手を見る。その両手はやさしく前に出して握りしめられていた。


「これは、なんですか」

「指揮官が言っていた。これは"祈る"という行為なのだそう」

「聞いたことがあります」


 確かに座り方をよく見ると前にうつむいて、何かに礼をしているようだった。

 それに体の向きも聖母像に向けられている。


「アンドロイドが、祈る?」

「聞いたことがない。12号は何かを祈ったことはあるか?」

「いえ、ありません」

「そうだろう。だが、このアンドロイドは祈ったまま死んでいる。一体何があったのだろうか」


「指揮オペレーターが言っていました。人間は全てを失った時に祈るものだと。友、家族、財産、そのどれも希望が見えないときに、最後に頼るのが神であり、祈ることでしか救われないときにこそ祈るのだと。極論、神とは人間の都合によって生まれた『感情の生物』の一匹であり、この世に存在せずとも、ココロという場所で飼うことで肥えていく一種の共通意識とも言っていました」

「人間は存在しないものに頼るのか」


 23号は手に持ったショットガンを構えてみた。

 アンドロイドにとって頼れるものは今、手にしている銃と指揮オペレーターたち。

 すなわち、目の前にあり、触れることができ、『扱う、扱われる』の相対関係を築けるものだ。

 神などいるのかもわからないものにこうべを垂れる真似はしない。


 そういえば、この死んだアンドロイドの手元には銃がなかった。

 教会内を捜索してもそれらしいものもない。

 どこかで落としたか、壊れてしまったのだろうか。


「祈る機械、か」

「指揮オペレーターの真似をしただけかもしれませんよ」

「そうだといいのだが」


 23号は確かに指揮官の死体を確認した。

 しかしそれは瓦礫の下であり人であった原型などとどめていなかった。


 ところが単純に瓦礫の下敷きになったわけではなさそうだ。

 指揮オペレーターの死体に乗っていた瓦礫は人間の肉を磨り潰すにしては小さすぎたのだ。


 だからこそ、この祈るアンドロイドを見てこう考えた。


 彼女が指揮官を、埋めたのだと。


 瓦礫によって亡骸となった指揮官オペレーターを、どうにか埋めたように見せるために小さな瓦礫を集めて上に乗せていったのではないか。


 教会の外には敵勢力のアンドロイドの群れ。

 武器も持っていないのに奴らを退けながら外の土を掘って埋めることはできないからこそ、教会内で土葬をしたと23号は考えた。


 しかし、その考えを否定するような考えもあった。

 埋めてほしいと指揮官は頼むものだろうか?

 23号は指揮官から葬送を教わったことはない。

 つまり祈るアンドロイドが自主的に埋めたということになる。

 まるで本当に神がいるかのように。


「これは、報告すべきなのだろうか」

「必要はないですよ、きっと。ただ作戦実行の前から死亡していたアンドロイドがいたと言えば。変な憶測だけが飛び交うのは我々人類の情勢に混乱を生むだけだと指揮官オペレーターも言っていましたから。ただ、このアンドロイドが見つかってよかったと思いますし、それが祈りのチカラなのではないでしょうか?」

「どういうことだ?」

「祈りが届いたと言いましょうか。このアンドロイドの祈りがあるはずのない生存反応を我々に見せてきたのだと思えば神というのもあながち何処かにいるのかもしれませんね」

「笑えない冗談を言う。12号はそんなことを言うのか」

「普段は言いません」

「そうか、では私は指揮オペレーターのもとへ急ぐ。12号も来てくれ。まだ焼夷弾から生き残った敵アンドロイドがいるかもしれない。護衛をお願いしたい」

「了解」


 12号はマシンガンをリロードし直して、教会を出て行った。

 先に安全なルートを確保してくれているのだろう。


「……」


 余計な詮索はしないほうがいい。これは指揮官の口癖だった。

 それでも考えてしまうのだ。


 なぜ彼女は死に際まで祈っていたのかを。


「……まさかとは思うが」


 23号は自分の脳裏に生まれた考えを消した。

 これはよくない考えだ。

 これ以上考えると真実に近づいているような気がして恐ろしい。


「……」


 12号はこのアンドロイドをアレクス社かウィンドブル社のものだと言っていたが、その両方の会社の特徴を持っている。アンドロイドの開発技術のキメラとでも言おうか。

 そんな芸当ができたのは戦闘用アンドロイドの開発が始まり、主要四企業と呼ばれる前の協同組合として技術の共有によって「アンドロイド」という兵器の基盤を形作った時期ぐらいしか思いつかない。


 つまりこの祈るアンドロイドは人類側で作られた旧式と考えて間違いない。

 旧式のアンドロイドといえば不良品が多いと聞く。

 しかし、だからといって祈るとは聞いたことがない。

 さらには死者を埋めるなんて聞いたことがないどころか信じられない。


 だからこそ、こう考えてしまう。

 彼女は「アンドロイド」ではなくなったのではないか。

 彼女は「ニンゲン」になったのではないか、と。


 人間のように祈り、人間のように死を愁い、人間のように亡骸を手向ける。

 我々のようなただのアンドロイドには持たせることができなかった技術、その仮の名を「人間」と付けるとして、旧式の彼女だけがその技術を兼ね備えていたのだろうか。


「……」


 ならば、彼女はなぜこの場所にいるのだろう。

 間違いなくこれは革新的な技術だ。

 そんな大切なオーパーツを、敵地での作戦に持ち出すとも考えにくい。

 そして、23号は考えるべきではない結論に至る。


 このアンドロイドは教会で無念の死を迎えたわけではなく、人類側の軍部によって意図的に消されたのではないか。

 だからこそ、あえて指揮オペレーターとこのアンドロイドの二人のみを戦地に送り出し、犬死を選ばせることで「人間」を持ったアンドロイドの処分を図った。


 つまり、われわれを作った彼らは私たちに「人間性」など求めてなく、ただの従順な「道具」としての存在意義しか求めていない。


 こうして人類の英知ともいえる技術を一人のアンドロイドの死によってなかったことにした。

 そのアンドロイドは今、目の前で英知を捨てた人類を救うために祈りを捧げている。


 神を信じないアンドロイドが、わらを掴むように手を握って。


「……いいや、やめよう」


 これはすべて憶測だ。

 12号の言う通り、偶然手を握ったまま座って死んだだけかもしれない。

 だが、それはこのうつむいたまま聖母像に頭を向けたままの彼女しか真実を知らない。


 もう良いのだ。

 我々は「兵器」である。考えることのない目の前の敵を掃討する「兵器」なのだ。

 何も考える必要性などない。

 これが真実だとしても一体、捨てられた技術を誰が拾うというのだ。


「教会、異常なし」


 23号はショットガンを装填して12号の後を追うように教会を出た。

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