剣の誓い、愛の誓い

「ふう……」


 湯浴みを終えた僕は、窓の外を見つめて息を吐く。


 僕が『アイリスの紋章』を一刀両断にし、王国への姿勢を鮮明にしたことで、アビゲイル皇女は逆に民衆からの大きな支持を得ることに成功した。

 加えて、僕が皇国の剣としてエドワード王から正式に認められたこと、サイラス将軍とグレンが揃ってアビゲイル皇女に忠誠を誓ったことで、軍部を掌握。


 今日の式典は、ブリジット陣営をおびやかすことに見事成功した。

 さらにアビゲイル皇女は、本当の姿……不器用な笑顔を見せる女神・・の姿を知らしめたんだ。


 もう、彼女を『ギロチン皇女』などと呼ばせない。


「さて……そろそろ行こうか」


 僕はサーベルを手に取り、鏡の裏にある隠し通路を通って、アビゲイル皇女の部屋へと向かうと。


「ギュスターヴ殿下!」


 出口の先には、僕の顔を見た瞬間、パアア、と顔を綻ばせるアビゲイル皇女がいた。


「ひょっとして、お待たせしてしまいましたか?」

「ふふ……いいえ、いつもどおりです。ただ、私が待ちきれなかっただけで」

「それは申し訳ありませんでした」


 そう言うと、僕達はクスリ、と笑い合う。

 やはり彼女と二人きりになれる夜は、代えがたい至福の時間だ。


「それにしましても……『アイリスの紋章』をそのサーベルで両断された時は、驚いてしまいました」

「そうですか?」

「はい。ですが、あの方・・・はもっと驚かれたようですが」


 彼女の言う『あの方』とは、当然聖女のことだ。

 あの時のあの女の顔……隠し切れなかった醜悪なつらは、使節団の一員として皇国を訪れてからの二日間で、唯一聖女ではなかった。


 まあ、あの女の本来の顔をさらすことができて、僕は満足だよ。


「ですが、たとえ私に相応ふさわしくないとはいえ、首元が涼しくなってしまいました。これは、ギュスターヴ殿下に責任を取っていただかないといけませんね」

「せ、責任、ですか……?」

「はい。代わりとなる首飾りを、一緒に見繕っていただきませんと」

「あ、あはは……」


 悪戯いたずらっぽく微笑むアビゲイル皇女に、僕は苦笑する。

 でも、心の中では『ギロチン皇女』のかせから解き放たれた、彼女の本当の姿に、心がときめかずにはいられなかった。


「ところで……今日はどうして、サーベルをお持ちなのですか?」

「もちろん、大切なあなたを守るため……というのもありますが、実はお願いしたいことがありまして」

「お願い、ですか……」


 僕の言葉を受け、アビゲイル皇女が首を傾げる。


「はい。どうかこの僕に、誓いを立てさせてほしいのです。あなたを……あなたの世界一素敵な笑顔を守り抜くための、あなたの剣としての誓いを」

「あ……」


 今日の式典の場では、剣を捧げはしたものの、僕の本当の想いを告げていない。

 僕は……一度目の人生・・・・・・では決して叶わなかった、あなたに想いを捧げたいんだ。


「アビゲイル殿下」

「は、はい……」


 僕はひざまずいてさやから抜いたサーベルを差し出すと、彼女はそれを手に取る。

 ただ、やはり重かったようで、小さな彼女は少しよろめいてしまった。


「あはは」

「も、もう、笑わないでください……」

「す、すみません」


 気を取り直し、こうべを垂れる僕の肩に、サーベルの刃が置かれると。


なんじギュスターヴ、我欲を捨て大いなる正義のため、剣となり盾となることを望むか」

「いいえ」

「っ!?」


 形式的な誓いの言葉を求めたアビゲイル皇女に対し、僕は明確にそれを否定した。

 そのせいで、彼女は少し不機嫌な顔になってしまった。


「我ギュスターヴが忠誠を捧げしは、主君アビゲイル=オブ=ストラスクライドのみ。なれば我は、崇高なる主君にのみ、剣となり盾となることを望みます」

「あ……そ、そうでした……ね……っ」


 鼻をすする音の後、アビゲイル皇女がすう、と息を吸うと。


「汝ギュスターヴ。私アビゲイルのため、剣となり盾となることを望むか」

「はい……全ては、愛する・・・アビゲイル殿下のために」

「っ!? ……よ、よろしい……では、今ここに、汝の名誉と勇気を讃え、アビゲイル=オブ=ストラスクライドは、ギュスターヴ=オブ=ストラスクライドを……私だけの・・・・剣とし、盾とす……る……っ」


 とうとうこらえ切れなくなったアビゲイル皇女は、サーベルを置き、僕の胸に飛び込んだ。


「ギュスターヴ殿下……ギュスターヴ殿下……っ! 私も、あなた様を愛しています! 誰よりも……世界中、の誰よりも……っ!」

「僕も、あなたを愛しています。世界中の誰よりも。たとえ、次の人生・・・・があろうとも」


 月明かりだけが差し込む、暗がりの部屋。


 僕とアビゲイル皇女は愛をささやき、その想いを確かめるように――そっと、口づけを交わした。

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