断ち切るは不名誉の証

 サイラス将軍とグレンを引き連れ、会場へと姿を見せると。


「お待ちしておりました。アビゲイル殿下」


 そこには、専用の特別な神官服に身を包む聖女が、慈愛に満ちた表情を浮かべて待ち構えていた。

 しゃくだが、世界で唯一の治癒の力といい、そのたたずまいといい、この女こそが聖女なのだと再認識させられてしまう。


「…………………………」

「…………………………」


 サイラス将軍もグレンも同じようで、二人共不覚にも聖女に見入ってしまっていた。

 当然、ここにいる民衆達も全て。


「それでは、始めましょう」

「はい」


 聖女に手招きされ、アビゲイル皇女は舞台に上がる。

 神官の一人が、アイリスの花をモチーフにしたレリーフがあしらわれた首飾り……『アイリスの紋章』を載せたトレイを、二人の前にうやうやしく掲げた。


「アビゲイル殿下……こちら、お付けいたしますね」

「…………………………」


 聖女がアビゲイル皇女の後ろに回り、首飾りをつける。


「これで、アビゲイル殿下はヴァルロワの最も偉大な民……敬虔けいけんな女神リアンノンの巫女となりました」

「…………………………」

「アビゲイル殿下に、女神リアンノンのご加護があらんことを」


 うやうやしく一礼して舞台を降りる聖女が、僕の横をすれ違う、その時。


「……うふふ。おつらいでしょうが、これからも息災でいらっしゃいますよう」


 どうやら、聖女はこのまま王国に帰るようだ。

 今の言葉からも、これが別れの挨拶らしい。


 僕は。


「アビゲイル殿下、失礼します」

「ギュスターヴ殿下……?」


 彼女の首にかけられた、『アイリスの紋章』を取り外すと。


「っ!?」

「「「「「っ!?」」」」」


 アビゲイル皇女の……みんなの見ている前でそれを放り投げ、サーベルで一刀両断にした。


「失礼ながら、アビゲイル殿下は女神アリアンロッドのご加護を受ける、ストラスクライド皇国において最も尊く、最も高貴な御方。異教徒の・・・・まじないの品・・・・・・など、相応ふさわしくありません」


 そう……世界一素敵な彼女をほんの僅かであっても、王国の色に染めてなるものか。

 だから、聖女セシル=エルヴィシウス。これが、皇国を去るオマエへの手向けだ。


 ◇


「ギュ、ギュスターヴ殿下、どうしてあのようなおそれ多いことをなさったのですか……!」


 無事に式典を終え、部屋へと戻ってきた僕に、待ち構えていたマリエットが詰め寄ってきた。


おそれ多いこと? ああ……あれ・・かい?」

「そうです! 『アイリスの紋章』を授与されるということは、ヴァルロワの王族として認められたことの証! それを殿下は、放棄なされたのです!」

「おかしいな……僕はそんなもの、生まれて一度も貰ったことがないのにね」

「っ!?」


 そんな皮肉を盛大に言ってやると、マリエットは狼狽うろたえた。

 つまり僕は、誰からも王族として認められていないという、逆の証になっているのだから、今の言葉が失言であるとこの女も気づいたようだ。


「そ、それは、ギュスターヴ殿下は最初から王族であるため、『アイリスの紋章』などなくても……」

「じゃあ聞くけど、僕以外の兄も持っていないのかな?」

「…………………………」


 マリエットは眉根を寄せ、口をつぐむ。

 さすがにアイツ等が『アイリスの紋章』を持っているかどうかまでは知らないと思うけど、必ずしも『持っていない』と答えられるだけの確証も自信もないのだろう。


「まあ、そういうことだよ。僕が持っていないものを彼女が持っていたら、それこそおかしなことになってしまうじゃないか」

「だ、だからといって『アイリスの紋章』を真っ二つにするなんて……」

「おかげで皇国の人間は、僕が王国とたもとを分かったのだと信用したよね? つまり、そういうことだよ」

「あ……」


 まあ、マリエットはこれで盛大に勘違いしてくれるだろう。

 ひょっとしたら、このことを王国に伝え、弁明の材料にすると思う。


 そもそも、『アイリスの紋章』をアビゲイル皇女に授与することになったのは、この女がアビゲイル皇女の皇位継承を有利に進めるため、王国として後押しするという姑息な策を進言したことによるものだ。

 今回の失敗により、マリエットは下手をすれば実家であるジルー伯爵家もろとも排除される可能性だってあるからね。


「だから、もし全てが上手く運んだら、それは全て君の手柄ということになる。結果的に、アビゲイル殿下の背中を押したことになるんだよ」

「そ、そうですよね!」


 この女も本当に馬鹿だなあ。

 だけど、こうやって失敗を積み重ねさせれば、王国で実家と居場所を失い、より絶望に追い込むことができるだろう。


 ああ……本当に、どんなふうに踊ってくれるのだろうか。

 これから楽しみだよ。


 僕は人のい笑顔の仮面を貼りつけ、必死に自分自身をなだめているマリエットを見つめた。

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