腐っても聖女

「ハハハハハ! ……さて、この後はヴァルロワ王国からの『アイリスの紋章』の授与、ということになっておるが……肝心のフィリップ殿下があの有り様では、とてもそのようなことをできそうにないな」


 エドワード王は大いに笑うと、意味ありげな表情で聖女を見やった。

 だが、彼の言うとおり王族代表としてやって来たフィリップは、聖女の治癒の力でかろうじて切り落とされた両腕を繋ぎとめたものの、『アイリスの紋章』の授与などできる精神状態じゃないだろう。


 つまり、皇国に来た目的を何一つ果たせずに、使節団は恥辱を味わっておめおめと王国に帰るというわけだ。

 おそらくは、このような結果を招いてしまったフィリップは王位継承争いから完全に脱落。王宮騎士団も解体されることになるかもな。


 手も足も出ずにただ一方的にやられた騎士団など、なんの価値もないからね。

 しかも、フィリップを完膚なきまでに叩きのめした相手が、これまでさげすんできた不義の子であれば、なおさらだ。


 ところが。


「……エドワード皇王陛下。『アイリスの紋章』の授与は、予定どおり行わせてはいただけませんでしょうか」

「む? だが、フィリップ殿下は……」

「そもそも、『アイリスの紋章』とはヴァルロワ王国の初代国王、“ティエリ=デュ=ヴァルロワ”陛下の功績を称え、女神リアンノンがアイリスの花を与えたことが起源となっています。なら、リアンノン聖教会の聖女である私が行えば、何も問題はないかと」


 胸に手を当て、聖女はりんとした表情でエドワード王を見つめる。

 何としても目的を果たしたいがための詭弁きべんに思えなくもないが、あの姿、あの表情……腐っても・・・・聖女・・ということか。


「ふむ……アビゲイルよ、いかがする」


 エドワード王は、アビゲイル皇女に委ねるらしい。

 彼女は僕を見て、ゆっくりと頷くと。


「分かりました。『アイリスの紋章』の授与、お受けいたします」

「うふふ、ありがとうございます」


 アビゲイル皇女の返答に満足し、聖女は嬉しそうに微笑む。

 僕としては、そのような不名誉な称号を受けさせるわけにはいかないが、決めたのは彼女自身。なら、我が主の意に従うだけだ。


 会場の使用人達によって大急ぎで授与式のための準備が行われる中、僕達はひとまず控室へと戻ることにした。

 ここにいても、邪魔になるだけだしね。


「ハッハ! それにしても、王国の連中は相変わらず歯ごたえがないですなあ!」

「やはり、休戦協定は間違っていたのだ。今からでも、破棄すべきだろう」


 サイラス将軍が豪快に笑い、グレイは不満を口にする。

 確かに彼の言うとおり、休戦協定がなければ王国の領土は今頃皇国の手によって蹂躙じゅうりんされていただろう。


「グレン卿、その心配はいらないと思うよ。この休戦協定も、いずれは破棄されると思うから」

「……なぜそんなことが言える」

「騎士団長として身近にいるのに、気づかなかったのかい? エドワード陛下の体調が、以前よりもよくなっていることに」


 なんて皮肉を言ってみたものの、エドワード王は自分の病……毒に侵された身体をひた隠しにしていたから、気づかなくても無理はない。


「そもそも、陛下が王国と休戦協定を結んだ最大の理由は、ご自身の体調ゆえだ。『金獅子王』に健康の不安があると知れれば、どのような反撃を受けるか分からなかったからね」

「むう……ギュスターヴ殿下に言われるまで、そのような理由があったとは気づきませんでしたぞ」

「……聞くが、殿下はそのことをどのようにして知った?」

「覚えているだろう? 洗礼祭の式典の直前、エドワード陛下への面会を求めた時のことを」

「あ……」


 これで、ようやく全てを理解したようだ。

 僕がどうして、非常識にもあのような場でエドワード王との面会を求めたのかを。


「そ、その……もし、休戦協定が破棄されるとなれば、ギュスターヴ殿下は……」

「もちろん、王国と戦うだけです。あなたの剣として」


 アビゲイル皇女は、休戦協定の破棄によって婚約が解消されるのではないかと危惧したんだろう。

 だけど、そんなことは絶対にするつもりはないし、エドワード王だって僕を皇国の剣と認定したのだから、皇国から追い出すような真似はしないはず。


「アビゲイル殿下、ご安心ください。もしギュスターヴ殿下が裏切るような真似をした際は、このグレンめが必ず息の根を止めてみせます」

「いや、そんなことは絶対にあり得ないから」


 というか、さらっと酷いことを言うな。

 グレンの奴、まだ僕が彼女の婚約者であることを認めないつもりだろうか。


 その後、安心したアビゲイル皇女と談笑していると。


「皆様、準備が整いましたので、会場へお入りください」


 使用人が、僕達を呼びに来た。


「アビゲイル殿下……まいりましょう」

「はい」


 ひざまずいて右手を差し出すと、彼女は小さな手を添える。

 サイラス将軍とグレンを引き連れ、会場へと姿を見せると。


「お待ちしておりました。アビゲイル殿下」


 そこには、専用の特別な神官服に身を包む聖女が、慈愛に満ちた表情を浮かべて待ち構えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る