勝ち誇るアビゲイル皇女

「おはようござい……あれ? ギュスターヴ殿下、今日はお早いですね」

「そ、そうかい?」


 マリエットに指摘され、僕はとぼけてみるものの、少し口籠ってしまう。

 実はアビゲイル皇女とのキスが原因で興奮して眠れなかったなんて、口が裂けても言えない。


 だけど、一度目の人生・・・・・・では常にアビゲイル皇女をずっと避け続けていたため、キスをしたのは本当に生涯初めてのことだ。

 そ、その……彼女の唇は、とても柔らかかったなあ……。


「? ギュスターヴ殿下?」

「はえ!? あ、そ、そうだ! 今日は早起きしたし、天気もいいみたいだからちょっと散歩してくるよ!」

「は、はあ……行ってらっしゃいませ」


 着替えを済ませ、逃げるように部屋を出てみたものの、特に行く当てもない。

 仕方ないので、マリエットに告げたように庭園を散歩していると。


「あ……」

「ギュ、ギュスターヴ殿下……」


 アビゲイル皇女が、同じく庭園を散歩していた。

 こんな朝早くといいうことは、彼女もまた、僕と同じ理由なのかな……。


「お、おはようございます……その、よく眠れましたか?」

「……お恥ずかしながら、昨夜は一睡もできませんでした」


 耳まで真っ赤にし、アビゲイル皇女は恥ずかしそうにうつむいてしまった。

 反応のあまりの可愛さに、僕は思わず胸が苦しくなる。


「実は僕も同じでして、こうして気分転換に散歩に来たわけですが、もしよろしければ一緒にいかがですか?」

「も、もちろんです……」


 彼女の小さな手を取り、僕達は庭園を散策する。

 色とりどりの花が咲き誇り、とても綺麗ではあるのだけど、残念ながらほとんど視界に入ってこない。


 だって。


「あう……その、あまり見ないでください……」

「も、申し訳ありません……」


 このように、僕はどうしてもアビゲイル皇女……の、桜色の唇にばかり目が行ってしまうのだ。

 彼女もまた同じで、先程から僕の顔……というより、唇に視線を感じている。


「ギュ、ギュスターヴ殿下は、昨夜のようなことをした経験はおありなのですか?」

「っ!? ま、まさか! あなたが初めてです!」

「そ、そうでしたか……とても心地よくて、お上手に感じましたので……」


 慌てて否定すると、アビゲイル皇女はますます顔を真っ赤にさせた。

 しかも、唇を人差し指でなぞっては、時折口元を緩めているため、先程から僕の心臓がうるさくて仕方ない。


 すると。


「お姉様! ギュスターヴ殿下!」

「ブリジット……」


 薔薇ばらの花の陰から現れたのは、ブリジットだった。

 せっかくアビゲイル皇女との楽しい散歩に、水を差された気分だ。


「お二人共、今朝は早いのですね」

「え、ええ……」


 当たり障りのない会話であるにもかかわらず、僕もアビゲイル皇女も居たたまれなくなって、つい目を逸らしたりしてしまう。

 別に、婚約者だからその……キ、キスをするくらい普通だし、やましいことなんて何一つないというのに。


「そうでしたか……あ、そうだ! もしよろしければ、朝食をご一緒しませんか?」


 ブリジットは両手を合わせ、笑顔で僕達を誘ってきた。

 何を考えているかは分からないが、答えなんて一つしかない。


「申し訳ありません。今朝は二人きりで食事をしようと、アビゲイル殿下とお約束していまして」

「あ……そ、そうなんです」


 僕の話に合わせるように、アビゲイル皇女が頷いてくれた。


「そうなんですね……残念ですが、またの機会にします。でも、今度はご一緒させてくださいね?」

「はい。機会が・・・あれば・・・


 あからさまに落ち込んだ様子を見せ、何度かこちらを見やりながら離れていくブリジット。

 だけど、その視線は恨めしそう……というより、敵愾心てきがいしんが見え隠れしているような、そんな印象を受けた。


 ……これまでは上手く隠していたのに、さすがに昨日のことがあってお尻に火が付いたってところかな……って。


「アビゲイル殿下?」

「あ……いえ、なんでもありません」

「そうですか……」


 でも、僕の目に映ったアビゲイル殿下の表情……どこか勝ち誇ったような、優越感と自信に満ちた表情だったな。

 感情を露わにしない彼女にしては、珍しい。


「そ、それで、私とあなた様は、朝食をご一緒する約束をしていることになっておりますが……」

「あ……も、もちろん、是非ともお願いできますでしょうか?」

「はい!」


 パアア、と嬉しそうに笑顔を見せるアビゲイル皇女に、僕は思わず抱きしめそうになってしまう。

 僕はいつか、この感情を抑えきれなくなってしまうのではないかと思いつつ、彼女と一緒に食堂へと向かった。

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