使節団との遭遇
「到着まで時間がない! 準備を急げ!」
いよいよ王国使節団が来る当日となり、皇宮内はその準備に追われ侍従や使用人達が慌ただしくしている。
一応、正式な紋章の授与にかかる式典は明日となっており、今日は王国使節団を歓迎するパーティーが催される予定だ。
今日の訓練を終えた僕はそれを横目で眺め、自分の部屋へと戻ると。
「ギュスターヴ殿下! 遅いです!」
「わっ!?」
待ち構えていたマリエットに捕まり、用意されていたお風呂に無理やり放り込まれてしまった。
というか、僕も男なので裸を見られるのは恥ずかしいのだけど……。
「聖女様もいらっしゃるのですから、汗のにおいをさせるわけにはいきません!」
「とはいえ、さすがにこれはやり過ぎじゃないかな……」
湯船に浮かぶ花びらを見つめ、僕は思わず溜息を吐く。
しかも、これだけじゃなくて香油まで入れてあるから、逆ににおいが強くなりすぎるんじゃないだろうか。
などと考えつつも、マリエットによって僕の支度は滞りなく進み、鏡に映る僕の姿は完璧に仕上がっていた。
これなら、アビゲイル皇女にも気に入ってもらえるんじゃないだろうか。
「これで、聖女様もギュスターヴ殿下に見惚れることは間違いありません! ……少々不本意ですが」
これまでも、マリエットはちょくちょく聖女に対抗意識を燃やすというか、
僕に気があるのだから、早く
「では、アビゲイル殿下をお迎えしに行ってくる」
「行ってらっしゃいませ! 私も今日のパーティーには、
深々とお辞儀をするマリエットに見送られ、アビゲイル皇女の部屋へと向かう。
だが、形式上は僕に仕えているのだから、『
それが、あの女の本音だということなんだけどね。
ということで。
「その……似合いますでしょうか?」
「は、はい……」
おずおずと尋ねるアビゲイル皇女に、僕は若干戸惑いつつも頷いた。
ただ、今日の彼女はいつもの装いとは違い、黒を基調としたドレスに身を包んでいる。
アクセサリーなども彼女の瞳と同じルビーではなく、オニキスに統一されていた。
まるで、葬儀に出席するのではないかと思うほどに。
「あ……ふふ、ヴァルロワの聖女のことですから、白又は銀を基調としたお召し物かと思いまして、より対照的になるようにと考えてみたんです」
「そ、そうですか……」
クスリ、と
ひょっとしたら、ノルマンドでの聖女の振る舞いを踏まえ、対抗意識を燃やしているのかもしれない。
「さあ、まいりましょう。クレアの話では、使節団は既に皇宮に到着しているようですから」
「はい」
アビゲイル皇女の手を取り、今日のパーティーの会場へと向かう。
その途中で。
「ん?」
「まあ!」
運の悪いことに、聖女とフィリップ達使節団の面々に出くわしてしまった。
見たところ、エドワード王との謁見を済ませて会場に向かうといったところか。
「……行きましょう」
僕はあえて無視し、聖女達とすれ違うのだが。
「待て。貴様、俺達に挨拶もなしとはどういうことだ」
「……………………………」
フィリップが強引に僕の手をつかみ、低い声で
本当に、この男は馬鹿だな。
「……挨拶であれば、会場で正式にできるでしょう。あえてこのような通路で交わす必要もないのでは?」
「貴様! 口を慎め!」
案の定、フィリップは僕の言葉に激高した。
「口を慎むのはあなたです。どこの馬の骨か知りませんが、
それを許せなかったのが、隣のアビゲイル皇女。
絶対零度の視線を向け、フィリップを詰問する。
「……これは失礼した。俺はヴァルロワ王国第三王子のフィリップと申す。我が弟であるため、このような言葉遣いとなったことをお許し願いたい」
彼女がアビゲイル皇女であることを認識したのだろう。フィリップは形式上は謝罪するが、あくまでも彼女にであって、あからさまに僕を見ようともしない。
といっても、彼女に向ける視線には怒りと傲慢さがありありと
だけど。
「あなたが何者であろうとも、どのような事情であっても、そんなことは私の知ったことではありません。それに、私は彼に謝るように言ったのです。王国の第三王子というのは、こんな単純なことも理解できないのですか?」
「っ!」
アビゲイル皇女は、さらに追い詰める。
おかげでフィリップの顔は紅潮し、額には血管が浮き上がっていた。
「ふう……この私に『アイリスの紋章』なるものをくださるということですが、聞いていた話と違いますね。ギュスターヴ殿下と共にありたいとお受けしたものの、このような方と同族扱いされるのであればお断りすればよかった」
「アビゲイル殿下、申し訳ありません。フィリップ殿下は、ここまで使節団の警護に神経を集中し、騎士団長としての職務を全うされておられたのです……どうか、ご容赦いただけますでしょうか」
一応、これ以上もめるのはまずいと判断したみたいで、聖女は二人の間に割って入り、深々と頭を下げた。
「……今日のパーティーと明日の式典では、このようなことがないことを祈っています。行きましょう」
「はい」
聖女を一瞥し、僕達は怒りで肩を震わせるフィリップの横を通り過ぎる。
「……ギュスターヴ殿下、上手くいきましたでしょうか?」
「はい。文句なしです」
安堵して胸を撫で下ろすアビゲイル皇女に、僕は笑顔で頷いた。
僕達は、使節団……フィリップに遭遇した時のことを想定して、今のように挑発することをあらかじめ決めておいた。
傲慢で自尊心の高いフィリップを、しかるべきタイミングで暴発させるために。
「ですが、素晴らしい
「
……どうやら、そういうことらしい。
つまり彼女は、僕のためにフィリップに怒りを見せてくれていたのだ。
「困りました。あなたの気持ちが嬉しすぎて、僕は胸が一杯です」
「あう……」
耳まで真っ赤になった彼女に、僕は頬を緩めた。
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