来たる日に向けた打ち合わせ

「ギュスターヴ殿下、いよいよあと三日ですね!」


 テキパキと侍女の仕事をこなしつつ、マリエットは嬉しそうに話しかける。

 この女の言う『あと三日』というのは、もちろん王国の使節団がこの皇都ロンディニアにやって来る日までの期間だ。


「それで……前にお願いしていた、ゴールトン伯爵の件はどうなっている?」

「はい」


 マリエットは、これまでの王国とゴールトン伯爵のやり取りなどについて、つぶさに説明してくれた。

 どうやら、交易自体は順調に行われているようだけど、今のところは王国にとって何か恩恵を得ているというわけではなさそうだ。


 まあ、皇宮内の情報はマリエット一人でそれなりに収集できているし、元々ゴールトン伯爵は皇宮内に権力があるわけじゃない。

 それでも、有事の際にはゴールトン伯爵から切り崩すことが期待できるのかもしれないけど。


 いずれにせよ、ゴールトン伯爵の目的までは分からずじまいだった。


「ですが、この調子でギュスターヴ殿下に力を貸す貴族が増えれば、それだけ王国にとって有利となりますので、引き続き頑張りましょう!」

「あはは、そうだね」


 オマエの言うとおり、王国の不利になるように引き続き頑張るとするよ。

 もちろん、その責任はマリエット……オマエが負うんだ。


「では、今日も訓練に行ってくる」

「はい! 行ってらっしゃいませ!」


 マリエットに見送られ、訓練場にやって来ると。


「ハッハ! 待っておりましたぞ!」

「…………………………」


 破顔するサイラス将軍と、仏頂面のグレンが待ち構えていた。

 今日は訓練の他にも、三日後の王国使節団の歓迎式典の打ち合わせも兼ねている。


 ただし、連中に恥をさらしてもらうための、ね。


「それで、王国の『アイリスの紋章』の授与の際、僕が第三皇子のフィリップに難癖をつける……というより、僕があの男にとって少しでも気に入らない態度をすれば、勝手に激高するでしょうね」


 母国であるヴァルロワ王国、そして実の兄のフィリップに対する物言いに、サイラス将軍が複雑な表情を浮かべる。

 一方で、グレンは興味がないとばかりに、澄ました表情で僕を見ていた。


「……まあ、エドワード陛下はそういった揉め事が好きな御方であるゆえ、王国の連中と試合をすることは喜ぶであろうな」

「なら、なおさら余興としてよいのではないでしょうか。何せ、王宮騎士団の連中が、揃って皇王陛下の前で無様な姿をさらすのですから」


 そう……僕達はこの試合で、フィリップを除く王宮騎士団の奴等に屈辱を与える。

 とはいえ、本番はもっと相応ふさわしい場を用意するけどね。


「……だが、アビゲイル殿下の晴れ舞台を汚すことになる」


 ここまでずっと黙っていたグレンが、会話に加わってきた。

 とりあえず、アビゲイル皇女のことを第一に考えてくれているようで何よりだ。


「いや、それは違う。王国の不名誉な称号を授与されるという鬱憤うっぷんを、連中に恥をかかせることで溜飲りゅういんを下げることができるんだ。むしろそうすることで、王国との休戦協定をよく思わない者達に、アビゲイル殿下の姿勢を示すことに繋がる」


 元々、休戦協定直前の戦況は、皇国のほうが有利に進めていたんだ。

 一度目の人生・・・・・・において、戦争継続派の者達の不満は大きく、その象徴である僕とアビゲイル皇女は常に糾弾きゅうだんの的にされてきた。


 ならここで、僕達は逆に見せつければいい。

 ヴァルロワ王国打倒こそが、アビゲイル皇女の宿願なのだと。


「王国の連中をほふることに一切の躊躇ためらいはないが、それでいいのだな?」

「いやいや、命までは絶対に奪ってはいけない。あくまでも死なない・・・・程度・・にしてもらわないと」

「分かった。死なない・・・・程度・・にする」


 そう言って念を押すと、グレンが口の端を持ち上げた。

 僕との試合でもそうだけど、ちょっとやることに歯止めがきかないところがあるな……。


「ハッハ! ギュスターヴ殿下、ご心配には及びませぬ! この男、こう見えても指示されたこと以上のことはしませんからな!」


 ま、まあ、やり過ぎなければそれでいいよ。

 それに、瀕死くらいならむしろ是非やってほしいから。


「じゃあ、そういうことで」

「ハッハ……三日後が楽しみですな」

「フン」


 これで打ち合わせはお開きとなり、僕とサイラス将軍は練習を再開……って。


「ギュスターヴ殿下、手合わせをお願いしたい」

「ええー……」


 グレンの奴、あの試合以降、事あるごとに僕に手合わせを申し込んでくるようになった。

 どうやらあの負けがよっぽど悔しかったらしく、手合わせで僕に勝った時は、それはもうこれでもかというほど勝ち誇った顔をしてくるのだ。とにかく感じが悪い。


 まあ、それでも。


「いいよ、やろうか」

「! ああ」


 僕自身強くなれるから、否やはないんだけどね。

 それに、あの試合は純粋に僕の勝ちだと思っていない。


 グレンの本来の武器は槍だし、あのクレイモアだって、どさくさに紛れて僕の息の根を止めるために用意したもの。体格に合ったもっと扱いやすいバスタードソードであれば、下手をしたら結果は違っていた……いや、それはないか。


 僕はあの試合だけは、絶対に負けるつもりはなかったから。


「いくぞ!」

「来い!」


 そして僕とグレンは、日が暮れるまでひたすら剣を交えた。

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