いざこざ

「ヴァルロワ王国の使節団よ。我が娘アビゲイルのために来てくれたこと、心より感謝する。今夜は存分に楽しんでくれ」


 エドワード王の挨拶により、宴が始まった。

 今までなら挨拶が終わった段階で早々に席を外すのだが、来賓が王国の使節団であることから、健在であることをアピールするためにも会場を離れるわけにはいかない。


 何より、もう毒を口に入れることもなくなり、体調も改善されているので、終わりまでいても問題ないからね。


「ギュスターヴ殿下、出席している貴族達に一言声をかけてきます」

「はい」


 ブリジットとの皇位継承争いに勝利するためにも、派閥である貴族達と入念に繋がりを持っておく必要がある。

 僕は、彼女の背中を見送っていると。


「ギュスターヴ殿下、お久しぶりです」

「聖女様」


 にこやかな表情で声をかけてきたのは、聖女セシル。

 アビゲイル皇女がこの場を離れた瞬間を狙ってのことだから、おそらくは皇国での進捗確認といったところか。


「お住まいの国が変わり、体調を崩しやすいかと思いますが……お身体にお変わりはありませんか?」

「おかげさまで息災にしております」


 そんな当たり障りのない会話から始まり、二、三言葉を交わすと。


「……先程の通路でのやり取りを拝見いたしましたが、順調のようですね」

「はい。アビゲイル皇女は、僕によく尽くしてくださいます」


 僕の言葉を聞き、聖女が満足げに頷く。

 目的である皇都襲撃を成功させるためには、僕がアビゲイル皇女を籠絡ろうらくし、皇国内での地位と権限を手に入れることが必要だから、聖女は内心とても喜んでいることだろう。

 この二度目の人生・・・・・・では、その時こそがオマエ達の最後になるけどね……って。


「っ!? せ、聖嬢様……っ」

「……本当のことを申しますと、お二人の仲睦まじさに少々嫉妬してしまいます。殿下の彼女への態度は、全て演技・・であることは承知しているのですが……」


 僕の滑にそっと手を添え、うれいを帯びた表情で僕を見つめる。

 そのアクアマリンの瞳に、うっすらと涙をたたえて。


「す、すみません……このようなこと、アビゲイル殿下とご結婚なされるギュスターヴ殿下からすれば、ご迷惑、ですよね……」

「聖女様……」


 本当に、僕を繋ぎとめておくために必死だな。

 勘繰られないためにあえてこの女に乗って話を合わせてやっているが、不快極まりない。


 でも、これは意外なところで効果を発揮したようで。


「ギュスターヴ……貴様、何をしている……っ!」


 怒髪天を突くほどのすさまじい怒りを見せるフィリップが現れ、僕を睨みつけていた。

 ああ……なるほど。この男も、よりによって聖女に懸想しているのか。


「何もしておりませんよ。そうですよね、聖女様」

「は、はい。皇国での暮らしについて、お伺いしていただけです」

「ならば聖女よ! 何故、こんな奴に触れていた!」

「そ、それは……」


 フィリップの馬鹿があまりにも大きな声で騒ぎ立てるものだから、会場にいる者達から注目を集めている。

 その中には、愉快そうに眺めるエドワード王やにこやかな表情を崩さないブリジット、射殺すような視線を向けるアビゲイル皇女も。


 それにしても、聖女も返答に困っているところを見ると、ひょっとしてフィリップに対しても色目を使っていたのか?

 ルイがいるっていうのに節操がない……いや、ひょっとしたらルイもフィリップと同列扱いということも考えられるな。


「フィリップ兄上、いい加減にしてください。ここはストラスクライド皇国であり、あなた方は王国の使節団。何より、エドワード陛下の御前です。そのように声を荒げるのが、第三王子であるあなたのマナーなのですか」

「っ! 貴様ごときが偉そうに物を申すな!」

「僕はもう、皇国の第一皇女であらせられるアビゲイル殿下の夫になるんです。今までのような付き合い方はできないんですよ。僕よりも年上なんですから、それくらいの常識は持ち合わせてください」

「言わせておけばッッッ!」


 案の定、馬鹿なフィリップは僕の胸倉をつかみ、今にも殴りかかろうとしている。

 本当に、予定どおりに事が運び過ぎて、笑いが止まらないんだけど。


「我が主、ギュスターヴ殿下に何をするか! この小童こわっぱが!」

「っ!?」


 フィリップの腕を捻り吠えたのは、サイラス将軍だった。

 目を見開いて驚いているようすを見る限り、フィリップは将軍のことを知っているみたいだな。


 まあ、王国の騎士団長を務めているのであれば、皇国の盾を知らないはずがないか。


「……フン! ギュスターヴのようなくずを主君と仰ぐとは、皇国の武人も大したことはない! 皇国も、休戦協定を結んで首の皮が一枚繋がったな!」

「言わせておけば!」


 いやあ、本当にここまで上手くいくなんて思いもよらないよ。

 見ると、エドワード王の傍に控えるグレンも、笑いをこらえて肩を震わせているし。


 ……アビゲイル皇女は、フィリップ以上にお怒りのご様子だけど。


「双方待て! このパーティーは王国使節団を歓迎するために催したもの! サイラスは弁えよ!」

「へ、陛下! ですが!」


 エドワード王の仲裁に、納得がいかないサイラス将軍が声を上げた。


「だが、我が皇国の盾を侮辱されて黙っているほど、余も寛容ではない! フィリップ殿下よ、はるばるここまでやって来たのは、皇国を侮辱するためなのか!」

「…………………………」


 やはり英雄エドワード王とでは、器が違い過ぎる。

 フィリップは彼に睨まれ、押し黙ってしまった。


 すると。


「……陛下。双方とも武人であるため、たとえこの場を収めたとしてもこのままでは納得できず、お互いしこりが残りましょう。それは二人に限らず、両国の武人であれば」


 エドワード王の前でひざまずき、グレンがサイラス将軍の気持ちを代弁するかのように告げる。


「ではグレンよ、お主ならこの場をどう丸く収めるつもりだ? よもや、考えもなしにしゃしゃり出てきたわけではあるまいな」

「はっ。事の発端は、ギュスターヴ殿下がフィリップ殿下といざこざを起こし、それをサイラス将軍が止めたことにあります。そして、フィリップ殿下がサイラス将軍の武を見下したことも」

「ふむ……」

「そこで、双方納得がいくように、当事者同士による試合にて決着をつけてはいかがかと」


 そう言うと、グレンは口の端を持ち上げた。

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